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ヨモギ

旬のもの 2021.04.26

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

次々に咲き代わってゆく華やかな春の花に見とれているうちに、季節はまもなく5月。
ふと足元に目をやれば、ヨモギ(蓬)の柔らかな若芽があちこちに顔を出しています。今回は「ハーブの女王」と呼ばれるヨモギの魅力を紹介しましょう。

邪気を払う「万能ハーブ」の花言葉は「幸福」「平和」「夫婦愛」

ヨモギはキク科ヨモギ属の多年草。中央アジアの乾燥地帯が原産で、日本でも各地に自生し、春先に地下の宿根から群がって芽を出します。
ヨモギには強い抗菌成分があり、洋の東西を問わず、止血・消毒・健康回復など幅広い分野で万能薬として使われてきました。特に出産の後処理や生理痛の治療など、妊娠・出産に関わる場面では、なくてはならない薬草でした。

学名のArtemisia indica (アルテミシア・インディカ)は、「インド原産のアルテミスの草」の意で、女性の健康の守り神であるギリシャの女神アルテミスに由来するといいます。

「幸福」「平和」「夫婦愛」などの花言葉は、ここから生まれました。

邪気を払う力もあると信じられ、陰暦5月5日の端午の節句に、香りの高いヨモギはショウブと一緒に屋根の下に飾られました。また、田植えの前に早乙女たち※は、ヨモギで身を浄めたといいます。
※水田に稲を植える若い女性のこと

たらちねの つまめばゆがむ草の餅  端茅舎(かわばた・ぼうしゃ)

ご存じのように、ヨモギを蒸して餅に練り込んだものが草餅(よもぎ餅、草団子とも)です。陰暦3月3日に草餅を作って食べる風習も、無病息災を祈る行事として、奈良時代に中国から伝わりました。

戦前の俳人・川端茅舎の俳句では、亡き母の乳房の感触を、草餅の柔らかさと重ね合わせて追想しています。「たらちね(垂乳根)の」は「母」に掛かる枕詞で、ここでは母そのものを指しています。

お灸(きゅう)に使う「もぐさ」の材料に

ヨモギの薬効といえば、お灸(きゅう)に使う「もぐさ(艾)」の材料になること。ヨモギの葉の裏側は白い綿毛で覆われており、夏の葉を乾燥させて石うすで砕き、綿毛だけを取り出したものがもぐさです。

お灸では、もぐさを症状に応じてツボに載せ、火をつけて温めます。この治療法は中国、チベット、モンゴルに古代から伝わりました。江戸時代の俳人・松尾芭蕉もまず膝下のツボの「三里」に灸を据えてから、「おくのほそ道」の旅を始めています。
ヨモギは「さしも草」とも呼ばれ、岐阜・滋賀両県にまたがる伊吹(イブキ)山が、名産地として知られていました。

かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思いを
藤原実方(ふじわらのさねかた)

伊吹山のさしも草に事寄せて、燃えるような恋情を詠んだのが、平安時代中期の貴族・藤原実方(ふじわらのさねかた)の和歌です。
小倉百人一首にも収録されているこの歌の意味は

「こんなにも苦しんでいるとだけでも、ええい、いっそ言ってしまうべきだろうか? 
伊吹山のさしも草ではないが、そんなにも私の心が燃えていることを、あなたは知らないのでしょうね」

「さしも草」までの上の句は、「さしも…」で始まる下の句を引き出すための序詞(じょことば)。「いぶき」は「言ふべき」の短縮形と伊吹山の掛詞。「さしも草」と「燃ゆる」は縁語。とても技巧的な歌でありがながら嫌味ではないのは、きっと作者の真情の強さゆえでしょう。この恋歌は、かの才女・清少納言に贈られました。

伊吹山は古代から薬草の宝庫として知られ、16世紀末には織田信長がポルトガル人宣教師の要請に応じて、西洋式の薬草園を作らせたという伝説もあります。イブキノエンドウなどヨーロッパ原産の植物が残っているのが、その証拠だとされます。

ヨモギ(蓬)

別名モチクサ(餅草)、さしも草 学名Artemisia indica 英名mugwort キク科ヨモギ属の多年草。中央アジアの乾燥地帯原産。日本全国の日当たりの良い場所に自生。花期は8~10月。茎丈は1m。無数の淡褐色の地味な小花をつける。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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