こんにちは。俳人の森乃おとです。
5月も残りわずかとなり、キク科のすらりとした草が、道端や空き地で白やピンクの小さな花を咲かせています。帰化植物のハルジオン(春紫苑)です。そのすぐ脇では、近縁のヒメジョオン(姫女苑)も、すくすくと茎を伸ばし、花をつける準備をしています。
ハルジオンとヒメジョオンは原産地も生育場所も一緒。姿かたちがとてもよく似ているうえに、名前も混同されやすいので、今回は一緒にご紹介したいと思います。
北米から観賞用に渡来したハルジオン・ヒメジョオン
ハルジオンはキク科ムカシヨモギ属の多年草、ヒメジョオンも同属の一年草あるいは二年草です。原産地は共に北アメリカで、ハルジオンは1920年頃、ヒメジョオンは少し早い江戸時代末期の1865年頃、いずれも観賞用に移入されました。
ハルジオンは、古代から愛されてきたシオン(紫苑=キク科シオン属)に姿が似ていることから、春に咲く紫苑という意味で名付けられました。一方、ヒメジョオンは「小さい女苑」という意味。「女苑」は別の植物の中国名です。
両種とも繁殖力が旺盛なので、またたく間に日本全国に広がりました。本来、名前も上品で、清楚で可愛らしい花ですが、いつしか「貧乏草」という嬉しくない別名で呼ばれるように。ハルジオンが生えているのは貧しい家の荒れ庭だけ、というわけです。北関東では、この花を折ったり摘んだりすると貧乏になると信じられていたそうです。
ハルジオンとヒメジョオンの見分け方
ハルジオンとヒメジョオンは姿がよく似ているので、見分けるにはコツが必要です。
まず、花期はハルジオンが5~8月。ヒメジョオンが6~10月。両種とも開花するまでは枝分かれせずに茎を伸ばし、草丈はハルジオンが30~100㎝、ヒメジョオンが30~150㎝ほどになります。
キク科植物ですので、細い花びらのように見えるものが、舌状花。黄色い中心部は筒状花の集まりです。この舌状花の幅が1㎜以下で、ほとんど糸のようだったらハルジオン、1.5㎜ほどあればヒメジョオンです。
さらにわかりやすいのは、茎を折ってみて、中空だったらハルジオン、白い髄が詰まっていたらヒメジョオンです。また、開花前のハルジオンの蕾は、茎ごと下を向いてうなだれています。
戦後の「原っぱ」を埋め尽くした大群落
ハルジオンとヒメジョオンが最も急速に広まったのは、1950年代だとされます。
戦後の原風景といわれる、空襲の焼け跡にできた「原っぱ」があちこちに残り、高度成長から1964年の東京五輪に向けての建設ラッシュはまだ始まっていなかった時代です。
その頃には、地平線まで続くハルジオンの大群落が、東京でも見られたそうです。
1970~80年代には、除草剤に耐性がある変種が登場。畑地や貴重な固有種がある高山地帯に侵入して、駆除に手を焼かせるようになります。
日本生態学会が2002年に発表した、生態系を脅かす「日本の侵略的外来種ワースト100」には両種がそろって登録されています。
ひめぢよをん 美しければ 雨降りぬ――星野 麥丘人(ほしの・ばくきゅうじん)
ハルジオンの花言葉は「追想の愛」。蕾のうなだれた様子から生まれたそうです。ヒメジョオンの花言葉は「素朴で清楚」です。
「貧乏草」という別名が災いしたのか、ハルジオンは歳時記にも掲載されておらず、ハルジオンを詠んだ句はほとんど見当たりません。ヒメジョオンは夏の季語となっています。俳人の麥丘人の句は、ヒメジョオンの繊細な美しさに改めて光を当てています。
ちなみにハルジオンもヒメジョオンも、食べられる野草です。若葉や花をお浸しや天ぷらにすると、同じキク科のフキ(蕗)やシュンギク(春菊)に似て、少しほろ苦く、ピリリとした辛味があります。
ハルジオン(春紫苑)
学名Erigeron philadelphicus 英名Philadelphia fleabane キク科ムカシヨモギ属の多年草。北アメリカ原産。1920年代に観賞用に移入され、雑草として全土に広がった。花期は5~8月。草丈は30~100㎝。舌状花は糸のように細い。
ヒメジョオン(姫女苑)
学名Erigeron annuus 英名eastern daisy キク科ムカシヨモギ属の一年草あるいは二年草。北アメリカ原産。1865年に観賞用として渡来。花期は6~10月。草丈は30~150㎝。同属のハルジオンと混同されやすい。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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