こんにちは。
俳人の森乃おとです。
5月に入り、初夏の光の中でふと足元に目をやると、あちこちの芝生の隙間から、小さな可愛らしい花が顔をのぞかせていることに気がつきます。すっきりとした端正な姿で、白や赤紫の花は、まるでぱっちりと開いた瞳のようです。名前も確か聞いたことがあるはずなのに、なかなか思い出せない……という方も多いかもしれません。そんな雑草が、今回ご紹介するニワゼキショウ(庭石菖)です。
明治20年に北アメリカから渡来
ニワゼキショウは、北米・テキサス州原産、アヤメ科ニワゼキショウ属の一年草または多年草です。草丈は10~20㎝しかありませんが、幅2㎜ほどの細長い剣状の葉は、小さいけれど立派なアヤメ科の仲間です。花弁と萼(がく)各3枚は色も形も同一で、花披(かひ)と呼ばれます。花披の数は6枚なので、6弁の星形の花に見えます。英名は “Blue eyed grass(青い目の草) ”です。
日本の植物分類学の父・牧野富太郎博士によると、明治20(1887)年に研究用に移入され、東京大学付属の小石川植物園に移植されたものが逃げ出し、全国に広がったとされます。
米国では70種以上の近縁種が集まって咲いているそうですが、日本でよく見られるのは、花の色が赤紫と白の2種。花期は5~6月で、花の直径は5~6㎜。草丈が20㎝を越えるものはオオニワゼキショウ(大庭石菖)と呼ばれますが、花の大きさには変わりがありません。まれに青紫色の花もあり、ルリ(瑠璃)ニワゼキショウと呼ばれます。
陽が当たると花開き、夕には萎む一日花
ニワゼキショウは、陽が当たると花が開き、夕方になると、径3㎜ほどの小さな丸い実を残して萎む「一日花」です。多湿や暑さにも弱く、すぐ姿を消してしまいます。それだけではなく、この花の認知が遅れた原因として、名前がもたらしたハンディキャップも大きかったのではないかと思います。
ニワゼキショウという名前は、細長い葉の形がショウブ科ショウブ属のセキショウ(石菖)に似ていて、岩場に生えるセキショウに対して、庭に生えているからという理由でつけられました。明治のはじめ、セキショウは鎮痛効果のある漢方薬として名高い草でした。
しかし、葉の形以外には何の共通点もないので、その後、セキショウが次第に薬用に使われなくなると、「ニワゼキショウ」という名前のイメージ喚起力も衰えてしまったのです。
ニワゼキショウは雑草とされますが、花姿は見れば見るほど気品を漂わせています。日本において、「紫」は最も高貴な色。俳人・松田ひろむの句は、野にありながら凛とした風情を持つニワゼキショウをよく捉えています。
民芸の美しさを提唱した柳宗悦(やなぎ・むねよし)の三男で、園芸家で知られる柳宗民(やなぎ・むねたみ/1927-2006年)氏もまた、名著『柳宗民の雑草ノオト』でニワゼキショウに触れています。
「東京の駒場に住んでいた子供の頃、わが家には芝生があった。この芝生によく生えていたのが、ニワゼキショウである」
「一日で萎んでしまう短命な花だが、群がって咲くと見とれてしまうほどの愛らしさだ。これが芝生に入りだすと、ついつい引き抜けなくなり、残してしまうことになる」。
父と一緒に芝生の手入れをしていて、ニワゼキショウを引き抜くかどうかで悩んだという回想は、花への愛情に満ちています。
花言葉は「愛らしい人」「繁栄」「豊かな感情」
ニワゼキショウの学名はSisyrinchium rosulatum(シシリンキウム・ロスラツム)。属名の「シシリンキウム」はギリシャ語で「豚の鼻」を意味しますが、その理由はよく分かっていません。この可愛らしい花と豚の鼻が、どこで結びついたのでしょうか。
ところで、ニワゼキショウの花言葉は「愛らしい人」「繁栄」「豊かな感情」。
「愛らしい人」は、花の可憐な印象から、「繁栄」はその強い繁殖力から生まれました。「豊かな感情」は、花があふれるように群生する様子を表しています。
上村占魚(うえむら・せんぎょ/1920-1996年)の句は、ニワゼキショウの強い生命力を讃えています。ニワゼキショウが日本に渡来してから135年。少しずつ広がってきた小さな花ですが、今後もこの異国で愛され、いつしか懐かしい野の花となる日が来るかもしれません。
ニワゼキショウ(庭石菖)
学名Sisyrinchium rosulatum
英名Blue Eyed Grass
アヤメ科ニワゼキショウ属の多年草または一年草。北米原産。日本には明治20年に移入され、帰化して雑草に。草丈は10~20㎝。花期は5~6月。花披は6枚。花の色は赤紫、白、青紫。朝に開花し、夕に萎み、丸い実を残す一日花。夏には地上から姿を消し、秋に再び芽を出す。別名ナンキンアヤメ。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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