こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
「ねえ、見て見て! カモの子どもがいるよ」。
公園の池で野鳥を観察していると、ときどきこんな会話が聞こえてきます。
「はて、カモの子どもなんかいないぞ?」と思いながら、その方の視線の先を見ると、確かに茶色い小さな鳥が水に浮いています。それが今回ご紹介する鳥のカイツブリ。カルガモなどと比べるとかなり小さいので、きっと子どもと思ったのでしょう。小さくてもこれで立派な大人。カモの仲間ではなく、カイツブリ科の鳥なんです。
カイツブリは、全国の川や湖沼に生息し、公園の池でも普通に見られる鳥です。全長26cmと数字上では大きく思えますが、これは首を伸ばして計測した数値。いつもは首を縮めて丸い姿勢でいるので、実際には15cmほどに見えます。尾羽は申し訳程度にしかなく、お尻のモフモフがとてもチャーミングです。そして口元には白い斑があって、私はなんだか歯磨きのときの口元についた泡に見えてしかたありません。
カイツブリの特技は、なんといっても潜水です。獲物の小魚やエビ、水生昆虫を狙って頻繁に水に潜ります。このような習性から、昔は「もぐっちょ」なんていう呼び名もあります。潜水の名手ですから、体がそれに適応した造りになっており、足が極端に体の後ろの方についていているのもその一つ。
また、指は弁足と呼ばれる変わった形の水かきで、指1本1本がヒレのように平らになっており、指同士がくっついていないんです。弁足は、足で後ろに蹴る時はしっかりと広がって水をとらえ、足を引き上げるときは閉じて水の抵抗が少なくなる優れた構造になっているんです。カイツブリはこの弁足を使って、だいたい1回に10~20秒間くらい潜り続けます。とにかくしょっちゅう潜り、どこから浮上するか見当がつきません。なかなかじっくりと観察させて貰えない鳥でもあります。
ところでカイツブリは、とても変わったところに巣を造ります。なんと水の上なんです。ヨシやヒメガマなどの植物や杭に水草をからめて、水に浮く巣を造ります。とうぜん水の上なので、いつも巣はビチョビョチョ。よくこれで卵が温まるなと思うのですが、ちゃんと孵化するので問題ないんでしょうね。
また、カイツブリは、前述したように足が体の後ろの方についているので、陸を歩くのがとても苦手なんです。もし、陸に巣があったら行き来するのがものすごく大変になりますし、敵が来ても逃げられませんから、そんなことも巣を水の上に造る理由の一つでしょう。他にもエサの魚が捕りやすいなどのいろいろなメリットがあると思いますが、急な水位変化には弱く、大雨が降って水かさが増し、水没して全滅なんてこともしばしば起こります。
カイツブリは1年中見られる鳥ですが、観察の一番の楽しみはヒナがいる時期です。とくに親鳥がヒナを背中に乗せて泳ぐところは、ぜひ見たいシーン。背中にたくさんのヒナを乗せて泳ぐ光景は、本当に微笑ましく、思わず笑みがこぼれてしまいますね。ヒナが見られるのは、4~10月くらいのけっこう長い期間なのですが、その最盛期は5~7月はじめくらい。その時期に公園の池を訪ねると、もしかしたら、ヒナを乗せて泳ぐ親の姿が観察できるかもしれません。
じつはヒナは、生まれてすぐに泳げます。それなのになぜ、親鳥はヒナを背中に乗せるのでしょうか。それはヒナを疲れさせないためです。ヒナを乗せて泳いでいるのは、たいていがエサを与えるとき。巣の近くだけではエサの魚が足りなくなるので、池のあちこちへ出かけなければなりません。そのときに背中に乗せて連れて行き、そこでとった獲物をヒナに与えるのです。
もし、自力でヒナが親鳥についていったら、まだ体力がないので疲れてしまい、最悪の場合、死んでしまうかもしれません。また、危険が迫ったときは背中の羽の中に隠れることもします。ヒナにとって、親鳥の背中は生きるための非常に大切な場所なんですね。公園の池でヒナを乗せたカイツブリがいたら、そっと遠くから観察してください。近づきすぎると、びっくりしてヒナを背負うのをやめてしまうことがあるからです。優しい気持ちで見守ってあげれば、毎年、可愛い姿を見ることができるでしょう。
写真提供:柴田佳秀
柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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