こんにちは、俳人の森乃おとです。
暑さも和らいできた8月の下旬に、ソバ(蕎麦)の花が見たくなり、久しぶりに近郊の山里に足を延ばしました。夏ソバの収穫はすでに終わり、秋ソバは種をまいたばかりで、一面の白い花が見られるのは9月の終わりになるとのことでした。

縄文時代から栽培されていたソバ
ソバはタデ科ソバ属の一年草。原産地は中国西南部で、日本には縄文時代に渡来しました。日本での栽培の歴史は稲作よりもはるかに古く、9300年前の高知県の遺跡からソバの花粉が、3000年前の埼玉県の遺跡から種子が見つかっています。

成長が早く、種をまいて30日ほどで、茎の先に径6㎜ほどの花をたくさんつけます。白い花弁のように見えるのは、変化した萼が5つに深く裂けたものです。花には、雌しべが雄しべより長い長花柱花(ちょうかちゅうか)と、雌しべの方が短い短花柱花(たんかちゅうか)が半分ずつ混じっています。自家不和合性といって、異なる組み合わせでないと受精できないので、昆虫の助けが必要になります。ソバの花が夜目にも白く光り、「くさや」のような異臭を発するのも、さまざまな昆虫を引き寄せるためとされています。さらに30日ほど経つと、実は黒褐色に熟します。

名前の由来は、実の形や栽培場所
ソバは古代には「ソバムギ」「ソマムギ」などと呼ばれてきました。「ソバ」は尖った角を指す言葉です。ソバの実は硬い殻に包まれ、三角錐形をしているので、「ソバムギ」は「尖った角がある麦」を意味したのでしょう。「ソマ」は「杣」と書き、急で険しい山の斜面を指します。「そまむぎ」は「杣に植えられた麦」という意味と考えられます。

「蕎麦」という2字だけで「そば」と読ませるようになったのは、1444年に編纂された国語辞典の『下学集』が最初です。
鎌倉時代に石臼が伝わり、硬いソバの実を粉にひけるようになるまでは、そのまま茹でて粥として食べていたようです。そば粉を練って焼いたり茹でたりする「蕎麦掻き」の普及によって、そば食は浸透。さらに16世紀末には麺にして食べる「蕎麦切り」の料理法も開発され、江戸の町にはそば文化が花開きました。

夏ソバと秋ソバ
現在のソバの主産地は北海道で、5~7月に種を播き、8~10月に収穫します。本州では1年2期作で、4~5月に種をまき7~8月に収穫する夏ソバ(春ソバとも)と、7~8月に種をまき、9~11月に収穫する秋ソバとがあります。
世界の生産量ランキングはロシア、中国、ウクライナ、アメリカ、ブラジルの順で、日本は6位。食べ方はロシアやウクライナのカーシャのように、脱穀してお粥にするのが一般的。フランスでは小麦粉を使ったクレープに対して、そば粉を焼いたものをガレットと呼びます。

江戸三大俳人のソバを詠んだ名句
江戸期の俳諧の三巨匠の松尾芭蕉(1644-1694年)、与謝野蕪村(1716-1784年)、小林一茶(1763-1828年)は、いずれもソバを詠んだ名句を残しています。
「そば所(どころ)と 人はいふ也(なり) 赤蜻蛉(とんぼ)」は、ソバの名産地・信濃生まれの一茶の句。ソバ畑は多くの昆虫でにぎわいますが、白いソバの花に一番似合うのは、颯爽と飛ぶアカトンボの姿です。故郷に戻って詠んだ晩年の「しなの路や そばの白さも ぞっとする」になると、ソバの花は、厳しい雪の季節の到来を告げるばかりです。

「蕎麦はまだ 花でもてなす 山路かな」は芭蕉最晩年の作。故郷・伊賀上野に滞在している際、訪ねてくれた弟子に、「あいにくソバはまだ収穫されていないので、この美しい白い花の景色を土産にしてくれ」と頼んでいます。
蕪村の句「鬼すだく 戸隠のふもと そばの花」」は、青鬼伝説が残る信濃の国・戸隠(とがくし)山麓が舞台。一面に白い花が咲くソバ畑で、鬼が集まって宴会を開いている幻想的な光景を詠んでいます。
花言葉は「懐かしい想い出」「喜びも悲しみも」「あなたを救う」
大みそかに年越しそばを食べる風習は、江戸時代中期に始まったとされます。一年を振り返るという意味で「懐かしい思い出」や「喜びも悲しみも」という花言葉が生まれました。「あなたを救う」は、ソバが飢饉に備えた救荒植物と位置づけられていたからでしょうか。歴史書の『続日本記』(797年編集)には、奈良時代初期の元正天皇が、日照りに備えてソバの栽培準備を指示した詔(みことのり)が掲載されています。

ソバ(蕎麦)
学名Fagopyrum esculentum
英名buckwheat
タデ科ソバ属の一年草。中国西南部原産。縄文時代に渡来。
草丈は50~100㎝ほど。成長が早く、春に種をまく夏ソバと、夏に種をまく秋ソバの二期作が行われる。花の色は白。花が赤い「アカソバ」もある。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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