こんにちは。俳人の森乃おとです。
7月の末ごろから夜ごと、白いレースで編んだような花を咲かせていたカラスウリ(烏瓜)が、ようやく果実を膨らませてきました。はじめは、薄緑色の地に縦縞が入った、小さな西洋スイカを思わせる姿ですが、やがて鮮やかな朱色になり、秋に彩りを添えてくれます。
深夜に咲く幻想的な花
カラスウリはウリ科カラスウリ属の多年草です。原産地は中国と日本。日本では本州・四国・九州の、人家に近い藪の縁(へり)などでよく見られます。春に地下の塊根から発芽。つるを盛んに伸ばして庭木や垣に絡みつき、這い上がっていきます。
夏に咲く花はまばゆい純白で、径5~10㎝。5つに裂けた花の縁は、さらに無数の糸状にほどけ、レース編みの花模様や渦を巻いた星雲を思わせます。とても幻想的で美しい花ですが、夜遅く開花し、夜明けには萎んでしまいます。
日没後に花が咲くのは、夜行性のスズメガを誘い寄せ、受粉の手助けしてもらうためです。
カラスウリは雌雄異株で、雄株には雄花、雌株には雌花がつきます。見た目はほとんど同じですが、雌花の裏には将来、果実となる子房がついています。
カラスウリとスズメウリ
カラスウリと聞いて思い浮かぶのは、あまり目にする機会がない花よりも、秋の青空を背景に、つるから垂れて揺れる実の姿でしょう。直径5㎝、長さは7㎝ほどで、最初のうちは緑色で光沢がありますが、10月から11月にかけて、赤く熟します。
なぜカラスウリと呼ばれるようになったかについては、カラスの大好物だからとか、あまり苦くてカラスも食べないからなど、正反対の説があります。
それよりも、最近では、カラスウリと同じ属に「スズメウリ」という小さなつる性植物があることから、カラスノエンドウとスズメノエンドウとの関係同様、単に大きい方を「カラス」、小さい方を「スズメ」と呼んで区別したに過ぎないという説が有力になっています。
スズメウリの実は、径1~2㎝で、真ん丸。若いうちはスイカそっくりで、近年、インテリアとして人気が上昇中です。
つるは地面を目指して落下してゆく
花が咲き終わると、カラスウリは不思議な行動をとります。それまで上へ上へと伸びていたつるの一部が方向を転じ、地面を目指して急降下していきます。地表に着くと、そこから根を伸ばし、新しい塊根を作ります。
岩手県の詩人・童話作家の宮沢賢治は、こうしたカラスウリの性質を、天上と地上・生と死を結ぶ連絡回路と捉えました。有名な『銀河鉄道の夜』では、「星祭り(七夕)」の夜に、子どもたちが「烏瓜のあかり」をこしらえて川へ流しにいく印象的な描写があります。
モデルになったのが、8月中旬に盛岡の北上川で行われる「舟っこ流し」。提灯や紙花で飾り火をつけて川に流す、お盆の精霊舟の1種です。作中には「青いあかり」という表現もあることから、カラスウリの提灯作りには、熟す前の青い実が使われたことがわかります。
カラスウリには多くの別名がありますが、古くから使われていて有名なものは、「玉づさ(玉梓)」でしょう。種子の形からつきました。
カラスウリの種子は長さ8㎜、幅6.5㎜。黒褐色で風変わりな形をし、見方によっては、大黒天が持つ打ち出の小槌にも、かつて手紙を贈るのに使われた結び文のようにも見えます。
結び文とは、手紙を折りたたんで、アヅサ(梓)の小枝にはさんだもの。「玉」という美称がついて「玉づさ」になりました。その奥ゆかしい別名を知ると、カラウスリがいっそう愛おしく思われるという感慨を、正岡子規は詠んでいます。
カラスウリの花言葉は「良い便り」
カラスウリの塊根からは良質のデンプンが採れ、かつては「天花粉」という名前で赤ん坊の肌を守るのに使われていました。そのために、大型で同属のキカラスウリ(黄烏瓜)を栽培していたほどです。今では、農薬の使用によって受粉を媒介するスズメガがほぼ絶滅。現在のベビーパウダーは、コーンスターチで作られているそうです。
カラスウリの花言葉は「良い便り」で、結び文に由来します。『銀河鉄道の夜』では、主人公のジョバンニと親友カムパネルラは、カラウスリの提灯が灯る地上を離れ、天上を巡る汽車に乗ります。上昇し下降するカラウスリのつるは、銀河鉄道そのものであり、輪廻転生を象徴しています。「ほんたうのさいはひ(本当の幸い)」を探す長い旅の終わりに、二人が再び巡り会うことを約束してくれるようです。
カラスウリ(烏瓜、唐朱瓜)
学名Trichosanthes cucumeroides
英名Japanese snake gourd
ウリ科カラスウリ属の多年性蔓植物。中国・日本原産。花期は8月~9月。雌雄異株で、花の色は白。径5~10㎝。縁は5裂し、さらに細く糸状に裂ける。蔓の長さは3~6m。利尿、催乳、肌荒れ防止などさまざまな薬効で知られる。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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