こんにちは。俳人の森乃おとです。
秋風の冷たさが身に沁みる頃、野山には数種類のノギク(野菊)が咲きはじめます。本格的な冬の訪れを前にして、澄んだ風に揺れるノギクは、誰の心にもある郷愁の思いを強く呼び起こします。「野菊」と呼ばれる植物の中でも、楚々とした紫色のノコンギク(野紺菊)は、ひときわ優しく匂い立ちます。

イエギクは中国起源、ノギクは日本在来種
ノギクとは日本在来のキク科の野草で、キクに似た姿を持つ植物の総称です。これに対して、キク(イエギク=家菊)はキク科キク属の多年草で、中国で作り出され、平安時代までに日本に渡来した観賞用植物です。
和名も、中国名の漢字「菊」の音読み「クク」がなまった、古代外来語です。
キク科植物の特徴は、1個の花のように見えるもの(頭花)が、2種類の合弁花が多数集まってできていること。その一つは5枚の花弁が横に結合し、1枚の花弁のようになった舌状花で、頭花の周縁を取り巻きます。もう一つは中心部に集まる、先端が5裂した小さな筒状花。多くの場合、黄色をしています。

ノギクの代表的存在はノコンギクとヨメナ
ノギクと呼ばれる条件は、あくまで花や葉の姿がキクに似ていることです。キク科植物であっても、ヨモギ(ヨモギ属)やセイタカアワダチソウ(アキノキリンソウ属)などは、花が小さ過ぎて、ノギクとは呼ばれません。
ノギクの代表格は、ノコンギク(野紺菊)とヨメナ(嫁菜)で、どちらもキク科シオン属の多年草。本州から九州までの山野に広く自生します。
互いに非常によく似ていて、花色は薄紫、あるいは白。花期は8~11月、頭花は径2.5㎝ほどの小ささです。草丈はノコンギクが40~100㎝、ヨメナは30~60㎝。葉にはイエギクと同じように深い切れ込みがあります。新芽はどちらもシュンギク(春菊)によく似た強い香りがあり、お浸しや和え物として、好んで食べられます。

ただ、この2種類の区別は、実際に手に取ると、比較的簡単にできます。まずは葉の手触り。ノコンギクは葉の裏表とも短毛が生えているので、ざらざらしますが、ヨメナは短毛がないので、すべすべしています。また、筒状花を取り出すと、ノコンギクの下部には6㎜程度の長い冠毛が付いていますが、ヨメナの冠毛は1㎜以下で、ほとんど目立ちません。

ところでコンギク(紺菊)は、ノコンギクを草丈が低くなるように改良した園芸種。ミヤコワスレ(キク科シオン属)もよく似ていますが、こちらは春から夏にかけて咲く花です。
『野菊の墓』で描かれたのはノコンギク?
歌人・伊藤左千夫(いとう・さちお)が1906年に俳句雑誌『ホトトギス』に発表し、夏目漱石が絶賛した小説『野菊の墓』は、千葉県松戸市の江戸川に沿った矢切の渡しに近い農村を舞台に、15歳の少年政夫と2歳年上の従姉民子との淡い恋を描きます。
山の畑に二人で行く途中のこと。政夫は野菊を摘んで民子に渡し、民子は「私なんでも野菊の生れ返りよ」と野菊に顔を寄せます。そして続く政夫の「民さんは野菊のような人だ」「僕大好きさ」は、多くの人の胸に残る有名なせりふです。
二人の幼い恋は引き裂かれ、民子は嫁ぎ先で亡くなり、野菊が墓の周りを覆い尽くします。
不思議に野菊が繁ってる。弔いの人に踏まれたらしいがなお茎立って青々として居る。民さんは野菊の中へ葬られたのだ――
花色には触れていないのですが、この野菊はノコンギクだろうとされています。

晩秋の露霜の中で、逆境に耐えて健気に咲く野菊の風情を讃えた短歌です。

ノコンギクの花言葉は「忘れられない想い」「長寿と幸福」
『野菊の墓』は1950年代、『野菊の如き君なりき』(木下惠介監督・脚本)のタイトルで映画化され、大ヒットしました。野にあって慎ましやかで優しげなノコンギクは、花言葉のように「忘れられない想い」を伴い、日本人の琴線に触れるものなのでしょう。

もう一つの花言葉「長寿と幸福」は、100㎝まで草丈長く伸びることや、地中にある茎が増えていく生命力の強さから。清楚で儚げでありながらたくましく、夏から初冬にかけての長期間、どんな道端や荒地でも群れをつくって咲きこぼれます。
「野紺菊」を含む「野菊」の季語は、秋。ノコンギクの花を揺らす風は私たちの心まで澄み渡らせるのです。
ノコンギク(野紺菊)
学名:Aster microcephalus var. ovatus
キク科シオン属の多年草。本州から九州の山野に広く自生する。草丈50〜100cm。花期は8〜11月,淡い青紫色の頭花をつける。ヨメナ(嫁菜)とともに、いわゆる「野菊」と呼ばれるキク科植物の代表。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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