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キク

旬のもの 2020.11.13

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

11月の霜降る月に入り、秋の花を代表する菊(キク)が花盛りを迎えています。このころに晴れ上がる青空を「菊晴れ」といいます。
香り高く気品に満ちたキクは、春のサクラと並んで、日本人に最も親しまれている花とも言えます。法律的な裏付けはありませんが、共に日本の「国花」と呼ばれています。

邪気を払う黄金色の花

キクの正式な和名はイエギク(家菊)で、キク科キク属の多年草です。
学名はChrysanthemum morifolium(クリサンセマム・モリフォリウム)。属名のクリサンセマムは「黄金の花」、モリフォリウムは「桑のような葉を持つ」という意味です。西洋に最初にキクが伝わったのは中国からで、黄菊が多かったようです。

イエギクは、古代中国でチョウセンノギクとシマカンギクの交配によって作り出されたといわれます。日本には8世紀後半、奈良時代の末か平安時代の初めごろ、薬用、観賞用として渡来しました。万葉集にはキクを詠んだ歌は一首もなく、平安時代に成立した古今和歌集(905年)から多く登場するようになります。

9月9日を「重陽(ちょうよう)の節句」または「菊の節句」として祝う風習も、同時に伝わりました。花びらを漬けて香りを移した「菊酒」を飲み、不老長寿を祈念します。新暦では10月の中旬ごろにあたり、まさにキクの咲き誇る季節に祝われる行事でした。

陰陽の思想では、奇数は「陽」。もっとも大きな奇数「9」が重なる重陽の節句は、大変おめでたいと同時に、災いにも転じやすい日でもあると考えられたからです。キクは強い香りを持ち、霜にも負けずに美しい花を咲かせるので、中国では古くより、邪気を払う力があると信じられていました。

心あてに 折らばや折らむ初霜の おきまどはせる 白菊の花
凡河内躬恒(おおしこうち・みつね)「古今和歌集」

小倉百人一首にも採用された有名な歌です。歌意は「当てずっぽうに折るのならば折ってみようか。初霜が降りて、その白さのために霜なのか花なのか、すっかり見分けがつかなくなった白菊の花よ」。霜の冷気と、凜とした白菊を重ね合わせて、その高貴な美しさを讃えています。

キクが特別な花となったのは、承久の乱(1221年)で知られる後鳥羽上皇がたいそうキクの花の意匠を好み、天皇家の家紋とした頃から。菊紋は公家や武家の家紋、寺社の紋章として人気を呼びました。

「黄菊白菊其外(そのほか)の名はなくもがな」 服部嵐雪

キクが今日のように多様な姿になったのは、江戸時代から明治・大正期にかけての園芸ブームで、各地で品種改良が盛んに行われたためです。
花の大きさによって、大菊、中菊、小菊と分けられ、大菊では直径30㎝に達するものも作られました。小菊では、一本の茎から数百の花が雪崩落ちるように仕立てられた懸崖(けんがい)造りがあります。色とりどりのキクの束を根ごと人形に巻きつけ、衣装のように見せる「菊人形」も有名です。

これだけ種類が豊富になってくると、キクが好きな人の間でも好みが分かれてくるのは自然なこと。松尾芭蕉の門人の服部嵐雪は、次々と新品種が作られた江戸時代にあって「黄菊と白菊さえあれば十分だ。それ以外の菊はいっそない方がよい」と、主張しています。
日本のキクは幕末にヨーロッパに紹介されると、一大ブームに。そこでも品種改良が進み、ポットマムなどの西洋ギクが生み出され、日本にも逆輸入されました。

現在では取引量の多さから、キクはバラ、カーネーションと共に「世界3大切り花」と呼ばれます。キクの美しさを世界に広めたという意味で、キクはまさに日本の花だともいえるのです。

「ある程の 菊投げ入れよ 棺の中」 夏目漱石

キクは死者を弔う清浄な花でもあります。明治の文豪・夏目漱石が、友人の妻で文学の弟子だった大塚楠緒子(歌人・作家)の訃報を聞いて詠んだ句には、漱石の悲痛な感情があふれています。漱石は才色兼備で知られた楠緒子に、特別な思いを抱いていたといわれます。
キクの花言葉は「高貴」「高潔」「高尚」。花色ごとの花言葉もあり、赤い花は「あなたを愛しています」、白は「真実」、黄色は「破れた恋」です。

キク(イエギク) 家菊
学名Chrysanthemum morifolium
英語名florists’ daisy
キク科キク属の多年草。栽培菊とも。観賞用のほか食用のものもある。本来の花期は秋。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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