今日の読み物

読み物

お買い物

人気記事

特集

カート内の商品数:
0
お支払金額合計:
0円(税込)

クコ

旬のもの 2023.12.03

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

こんにちは。俳人の森乃おとです。

晩秋からに初冬にかけての寒さが厳しくなる季節、生垣や川の土手、野原などで赤い燈火のような実をつける小さな木と出合うと、かじかんだ心が励まされるような気持ちになります。そんな植物たちの中で、今回はクコ(枸杞)をご紹介しましょう。

「長寿の秘薬」「幸福の果実」と呼ばれる薬膳の女王

クコは北海道から沖縄までの日本全土と、中国、朝鮮半島、台湾に分布する東アジア原産のナス科クコ属の落葉広葉樹の低木です。

樹高は1~2m。幹は作らず、株元から茎が何本も立ち上がり、弓状に垂れ下がります。葉の付け根には1~2 cm程度の棘が互生。開花期は7~11月と長く、葉のわきから細い花柄を出し、径1cmほどの薄紫色の花をつけます。花は鐘形で、先端は5裂。ナスの花を小さくしたような印象です。

果実は長さ1~2.5 cmほどの楕円形で、晩秋に赤く熟し、中華料理や韓国料理にもよく使われます。真っ白な杏仁豆腐の上に載せられ、いかにもかわいらしく食欲をそそるのもクコの実です。

クコの実は見た目の美しさだけではなく、ポリフェノールや強い抗酸化作用を持つゼアキサンチンなど、多くの栄養素を含み、老化の抑制、動脈硬化の予防、皮膚や粘膜の保全、視力減退の改善など、さまざまな効果を持ちます。

そのため、「長寿の秘薬」「最強のアンチエイジング薬」「幸福の果実」「薬膳の女王」などと呼ばれます。世界三大美人の一人と言われる楊貴妃も、美しさの秘訣として、1日3粒のクコの実を食べることを欠かしませんでした。

徳川家康が好んだ枸杞飯(くこめし)

和名クコは、漢名「枸杞」をそのまま発音したものです。明の本草学者・李時珍(1518〜1593年)はその表記の由来を「枸橘(カラタチ)のようなとげがあり、杞柳(コリヤナギ)のように枝がしなやかに伸びるので、枸杞と名付けられた」と説明しています。

日本最古の本草書『本草和名』(918年)にはクコのことが「奴美久須祢(ぬみくすね)」として記載されており、平安時代には薬草として認知されていたことがわかります。さらに江戸時代の『大和本草』(1709年)には、クコの茎や葉を食用やお茶にすると書かれています。山地では見られず、平地でしか見られないことから、さまざまな時代に中国から渡来し、人の手で各地に広められ、野生化したと考えられます。

江戸幕府を開いた徳川家康が、クコの若葉や茎を炊き込んだ枸杞飯(くこめし)を好んで食べていたのは有名な話です。

「長生きしたければ枸杞を食え」

クコには、次のような言い伝えがあります。唐の時代、シルクロード来た西域商人たちが、宿所で、若い娘が老人を叱りつけている場に出くわしました。
「なんで年寄りをいじめているのだ」と咎(とが)めると、娘は「自分の孫を叱っているのに余計なお世話だ」と言い返します。なんと娘は200歳を越しており、老人も90過ぎだと言うではありませんか。娘が老人を叱っていたのは、一族の掟に背いて薬草を飲まなかったので、年を取る前に体が衰え、眼もよく見えなくなったからだと言います。

商人が驚いて娘に長生きの秘訣を聞きますと、1年中クコの実を服用しているからだと答えました。こうしてクコの実は東方の神薬として中東や西方に伝わったということです。
さて、日本の植物分類学の父であり、自身を「草木の精」と称して94歳まで生涯現役を貫いた牧野富太郎博士もクコを称揚。「長生きしたければ枸杞を食え」と書いて、自室の壁に掲げていたとのことです。

枸杞垣の 似たるに迷ふ 都人――与謝野蕪村(よさの・ぶそん/1716-1784年)

クコは茎が密集し、棘があるので、生垣としても利用されます。江戸中期の俳人・与謝野蕪村の句は、クコを生垣に使うのが流行したせいで、自分の家がどれなのか見分けがつかなくなった人もいるのではと、おかしみを込めて想像しています。

また、明治の文豪・夏目漱石の小説「草枕」にも、「家の南面に枸杞の生け垣を植えると、病人が出ない」という一文があります。クコの生垣が流行したのには、そのような、クコの高い薬効に対する期待もあったのでしょう。

今日ありて 忘れ去るべき 枸杞の実なり―― 千代田葛彦(ちよだ・くずひこ/1917– 2003年)

クコの花言葉は「誠実」「お互いに忘れましょう」「過去を水に流す」。
「誠実」は、小さな花であっても、毎年長期間にわたって愚直に花をつけることを讃えたもの。「お互いに忘れましょう」「過去を水に流す」は、クコのトゲに刺されて傷ついたとしても、クコにはその傷を癒す力もある。だから、悲しい過去は無かったことにして、もう一度やり直しませんかという提案です。

俳人の千代田葛彦の句は、クコの持つそんな不思議な魅力を詠んでいるかのようです。
この一年それぞれに多くのことがあり、その中には痛みも苦しみも含まれていることでしょう。クコの実を愛した先人にあやかり、忘れるべきものは忘れ、清々しい気持ちで新年を迎えたいと思います。

クコ(枸杞)

学名 Lycium chinense
英名 Chinese wolfberry
ナス科クコ属の落葉低木。中国、朝鮮半島、台湾と、北海道から沖縄までの日本全土に分布。樹高は1~2m。花期は7~11月。花径1㎝の薄紫色で、先端が5裂した花をつける。果実は長さ1~2.5㎝で、赤く熟す。薬効が高く、果実、茎、葉の全草が生薬となる。お茶やドライフルーツなど食用にもなり、生垣にも使われる。

この記事を
シェアする
  • X
  • facebook
  • B!
  • LINE

森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

記事一覧