こんにちは、俳人の森乃おとです。
降る雪も雨に変わり、山野も雪解けの季節を迎えました。まだ寒さが残るほの暗い林の中で、白く輝く花を咲かせるのがバイカオウレン(梅花黄連)。瞬く星空のように群れ広がり、春の訪れをいち早く教えてくれる小さく可憐な山野草です。

ウメの花に似た「冬の森の妖精」
バイカオウレンはキンポウゲ科オウレン属の常緑多年草。日本固有種で、本州の福島県以西から九州、四国の山地の、主として針葉樹の林床に自生します。
カタクリやイチリンソウ、イチゲなどの「スプリング・エフェメラル(春の妖精)」たちに先駆けて、バイカオウレンはまだ雪が残る雑木林の中で花を開きます。花期は2~4月ですが、真冬の12月から咲きはじめることも。そのため「冬の森の妖精」などと呼ばれます。

根出葉の間から5~10㎝の低い花茎を伸ばし、1茎に1輪ずつ、花径1.5㎝ほどの小さな白い清楚な花を上向きにつけます。5弁花のように見えますが、これは萼(がく)が変化したもの。本来の花弁は退化して、小さな黄色いさじ形の蜜線になっています。

「梅花黄連」の名は、花がウメに似ていることから。またキンポウゲ科オウレン属の特徴として、根茎から伸びるひげ根の断面が、鮮やかな黄色をしていることに由来します。根茎からは匍匐(ほふく)枝を這わせ、大きな群落をつくります。

またバイカオウレンの葉は、縁に切れ込みのある5枚の小葉が特徴です。そのため、別名はゴヨウカオウレン(五加葉黄蓮)。そして学名は「Coptis quinquefolia コプティス・クウィンクェフォリア」です。属名の「Coptis」 は、ギリシャ語の「Copt(切り刻む)」に由来し、種小名「quinquefolia」は、ラテン語のquinque(5つの)とfolia(葉の)の合成語で「5葉の」という意味です。
牧野富太郎博士がこよなく愛した花
バイカオウレンは、日本の植物分類学の父・牧野富太郎(まきの・とみたろう/1862-1957年)博士がこよなく愛した花として有名です。牧野博士は、その著書の中で次のように語っています。
小さい梅花様の白花が他の草にさきがけ、なお時候の寒いのにかかわらず、いち早くその葉の間に咲き綻(ほころ)びしその風情は、決して忘るることのできない思い出の印である

牧野博士の故郷である高知県佐川町は、バイカオウレンの群生地です。博士は幼少期、生家の裏にある金峰(きんぷ)神社でバイカオウレンに出合い、終生特別な花として愛し続けました。この群生地は、博士を敬愛する故郷の人々によって、今も大切に保護されています。
ちなみに博士の思い出のバイカオウレンについては、四国山地特有の変種「シコクバイカオウレン(四国梅花黄連)」とすべきという説が、近年強まっています。
姿や性質はほとんど普通のバイカオウレンと変わりません。しかし蜜腺の先端が通常のさじ形よりも湾曲してコップ状となり、雌しべの花柱が曲がっているのが特徴です。

バイカオウレンを含めたキンポウゲ科オウレン属の植物は、平安時代には「加久末久佐(カクマグサ)」、転じて「カクモグサ」と呼ばれていました。「堅い根の草」が名前の基になったのでは、といわれています。
オウレン属の根は、いずれもアルカロイドを含み、健胃・整腸剤として利用されます。中国からオウレンが生薬として輸入されるようになると、古名の「カクマグサ」「カクモグサ」は、次第に使われなくなりました。

平安時代に編纂された私撰集の『古今和歌六帖』では「かくも草」を詠んだ和歌が残されています。上に掲載した和歌の歌意は、
「私の屋敷にかくも草を植えて、こんなにも恋し続けていると、きっと私はやつれてしまうことだろう」。なんとも情熱的な恋の歌です。
花言葉は「情熱」「忍ぶ恋」「2度目の恋」「変身」
森の中にひっそりと咲く清楚な花ではありますが、バイカオウレンは宿根草で、一度地上部が枯れても冬の寒さに耐え、翌春には再び花を咲かせる強さを持ちます。そこから「情熱」「忍ぶ恋」という花言葉が生まれました。
また、「2度目の恋」「変身」は果実の特徴から。バイカオウレンの果実は長さ0.5~0.7cmで舟形の袋果で、10個ほどが矢車状に並びます。それはまるで、緑の花が2度目に新しく生まれ咲いたかのように見えます。

牧野富太郎博士は「左の手で貧乏と戦い、右の手で学問と戦った」と自ら語るように、苦難の時代も耐え忍び、ひたすら植物研究に打ち込みました。その研究成果は晩年、まるで春が来たかのように花を咲かせ、豊かな果実を結ぶのです。
現在、博士の生家裏には牧野公園があり、博士のお墓を囲むようにして、バイカオウレンが群生しています。博士は、故郷の森の妖精たるバイカオウレンに変身し、小さくも美しい真白な花をいつまでも咲かせ、その情熱を私たちに伝え続けてくれているのかもしれません。
バイカオウレン(梅花黄連)
学名Coptis quinquefolia
キンポウゲ科オウレン属の常緑越年草で、日本固有種。本州の福島県以西、九州、四国の林床に自生。草丈5~10㎝。根出葉から花茎を伸ばし、その先端に径1.5㎝ほどの花を1輪ずつつける。花期は2~4月で、5枚の花弁に見えるのは変形した萼(がく)。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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