こんにちは。俳人の森乃おとです。
サクラソウ(桜草)が春光の中で、名の通りサクラによく似た清楚な花を咲かせる季節となりました。サクラソウは春を告げる代表的草花として愛され、江戸時代からさかんに栽培されてきました。しかし現在では野生の群落を目にすることは、少なくなってきています。

サクラソウはシーボルトの花
サクラソウは、サクラソウ科サクラソウ属の多年草。北海道から九州までの日本各地や中国東北部、朝鮮半島、シベリアの湿地帯に自生しています。
学名はPrimula sieboldii(プリムラ・シーボルティ)。属名の「Primula」はラテン語の「primos(最初)」が語源です。春の到来をいち早く告げる花だからでしょう。

種小名の「sieboldii」は、江戸時代に長崎・出島のオランダ商館付きの医師として来日した、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(1796~1866年)に由来。シーボルトは多くの日本の動植物をヨーロッパに持ち帰り、一大日本ブーム「ジャポニスム」の立役者の一人となったことでも知られています。
英名はPrimrose(プリムローズ)。「最初のバラ」という意味ですが、Primerole(最初の花)がなまったともいわれます。
将軍徳川家康を魅了したサクラソウ
サクラソウという名前は、万葉集や平安時代の文学には登場しません。人気が出たのは、江戸時代になってから。
鷹狩りに出かけた徳川家康が、荒川の湿地帯に咲いているサクラソウの美しさに魅了され、江戸城に持ち帰ってその栽培を奨励したことがきっかけと伝えられます。

その後、旗本や御家人などの武士階級で愛好家のグループが結成され、競って品種改良にいそしんだのだとか。その結果、短期間に400 種近い品種がつくり出され、江戸期の古典園芸植物の代表格になりました。花色も当初のピンクに赤、白、紫、絞りが加わりました。
江戸時代の俳人・小林一茶の俳句は、そんなサクラソウの人気ぶりを伝えています。
句意は、「桜がことのほか愛されるわが日本では、草も桜を咲かさなければならなくなる」。なんとも一茶らしい滑稽味と愛情にあふれています。

ところで、明治期まで作り続けられた新品種は、その大半が田島ケ原(埼玉県さいたま市)や戸田ヶ原(埼玉県戸田市)、浮間ヶ原(東京都北区)など、荒川沿いに自生していたサクラソウが元になっているそうです。
中でも田島ヶ原サクラソウ自生地は有名で、1920年に天然記念物の一つとなりました。そして戦後の1952年には、特別天然記念物に指定されるのです。
大戦中や戦後の開墾、そして1960年代の高度経済成長に伴う開発により、サクラソウの自生地が消滅していく中でも、田島ケ原は市民の手によって保護されてきました。この田島ケ原のサクラソウにちなみ、埼玉県の花、そしてさいたま市の花はサクラソウです。

ニホンサクラソウとセイヨウサクラソウ
サクラソウには、英国などのヨーロッパや、コーカサス起源の園芸種も存在し、プリムラという総称で市場に流通しています。原種の花色は淡黄色のものが多いそうですが、黒色のものや中心部が朱色になるなど、華やかな美しさを重視しているのが特長です。

日本産のサクラソウと区別するため、セイヨウサクラソウ(西洋桜草)と呼ばれ、一方サクラソウには「ニホン」を付けるようになりました。
現在、園芸店で目にするサクラソウ属はセイヨウサクラソウであるプリムラの方が多く、ニホンサクラソウよりもなじみがあるかもしれません。
セイヨウサクラソウの中で、株全体に白粉が付くため「オトメザクラ(乙女桜)」「ケショウザクラ(化粧桜)」の和名を持つ、中国原産のプリムラ・マラコイデスなどが知られています。ほか交配種のプリムラ・ジュリアンも耐寒性があるため、冬の庭を明るく彩ってくれることで人気があります。

サクラソウの花言葉は「初恋」「憧れ」「純潔」です。
「初恋」「憧れ」は、茎が細くて花も小さく、どこか控えめな雰囲気から生まれたのでしょう。「純潔」はその可憐な姿から。密やかに、それでも一生懸命に咲く清楚な花にふさわしい花言葉です。ほかには、「自然の美しさを失わない」などがあります。

小説家・俳人の久保田万太郎のいう「いゝことづくめ」とは、ささやかさではあるけれども、思わず口元がほころび、足取りも軽くなるようなことなのでしょう。それこそ散歩径で、春風に揺れるピンク色のサクラソウと出合うような、ささいな小さな幸せです。
そんな「いゝこと」がたくさんあることを信じて、春の道を元気に歩いていきましょう。
サクラソウ(桜草)
学名:Primula sieboldiit
英名Primrose
サクラソウ科サクラソウ属の多年草。日本、朝鮮、中国東北部原産。塊根を持ち、草丈15~40㎝。花期は4~5月。花色はピンク。「ニホンサクラソウ」は江戸時代に古典園芸植物として人気に。「セイヨウサクラソウ」はプリムラとして流通。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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