こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
7月は、水田の緑がひときわ輝く時。青々とした稲の葉がさわさわと風で波打つ光景は、なんとも言えない美しい景色です。そんな緑の海の中を、ひときわ鮮やかなオレンジ色をした鳥が歩いています。それが今回紹介するアマサギです。
アマサギは大きさ50cmほどの水鳥で、ダイサギやコサギなどと同じサギの仲間です。とても分布が広く、赤道を中心にほぼ世界中の暖かい地域に生息しています。日本には、九州以北に夏鳥として渡来しますが、九州以南では、かなりの数が越冬もしています。
この鳥のいちばんの特徴は、なんと言っても頭から胸にかけてと背中の美しいオレンジ色。この色は夏特有で、とくに繁殖期に入る5月には、くちばしの付け根付近から目の前、そして目までが赤くなり、よりいっそう鮮やかになります。一面緑に覆われた水田に降り立ったアマサギがいる光景は、それはそれは美しい景色となり、私はいつも魅了されてしまうのです。
ところが、このオレンジ色の衣裳は繁殖期が終わると衣替えし、純白の姿になってしまいます。こうなるとコサギやチュウサギといったいわゆるシラサギですが、これはこれでシックな色合いで十分美しいのではないでしょうか。
さて、このアマサギという名前、亜麻色が由来とされることがありますが、これは誤りだと考えられています。それというのも、亜麻色は、明治時代以降に日本で使われるようになった比較的新しい色の名称で、一方のアマサギという名前は、江戸時代には既にそう呼ばれていていました。すなわち、色の名称よりも先に命名されていることから、亜麻色が名前の由来になることは考えにくいのです。
また、亜麻色はベージュ色に近い色で、アマサギの鮮やかなオレンジ色とはかなり違う印象ですから、この点でも名前の由来にはならないと思います。どうやら、亜麻色のサギ説は、「亜麻色の髪の乙女」という歌が流行したときに生まれた俗説というのが多くの見方です。
では、本当の由来はなんでしょう。今のところ、“飴色のサギ”から軟化してアマサギとなったいうのが有力な説です。確かにあの美しいオレンジ色は、べっこう飴の色に似ています。アメサギがアマサギになったというのは、私も納得するところです。ちなみに漢字では黄毛鷺と書きますが、これは当て字でしょうね。
名前の話題が出たので、今度はアマサギの英名について。Cattle Egretというのですが、Cattleとはウシのこと。牛鷺という意味の名前がつけられています。これは水田や畑を耕す牛の後ろについてまわって食べものを捕る、アマサギでよく見られる習性からの命名です。土を掘り起こすと、昆虫やカエルが飛び出てくるので、それを狙っているわけですが、アフリカではゾウやサイで同じことをしています。
また、近頃では、牛の代わりにトラクターで同じ光景を目にします。鳥にとっては、牛もトラクターもやっていることは同じで、獲物が飛び出てくるから利用しているわけです。
アマサギが、世界のとても広い地域に分布していることは前述しました。でも、これは昔からそうだったわけではありません。19世紀から特に20世紀に、世界的に分布を広げたことが知られていて、たとえば、アフリカのアマサギは、19世紀末までに南ヨーロッパと南米に分布を拡大、1941年に北アメリカ、1952年にカナダまで到達したことがわかっています。日本でも、アマサギを見るのはそう珍しいことではなく、季節になると水田で群れをなしている光景がよく見られました。
ところが、最近はそうでもなくなっています。今回、このエッセイを書くに当たってアマサギの写真を撮りに出かけたのですが、なかなか出会うことができず苦労しました。ある調査では、1990年代と2010年代を比較すると個体数が46.6%も減少していたといいます。アマサギの主な獲物であるバッタやカエルが減っていることや、繁殖地の消滅が減少の原因と考えられています。
アマサギは、他種のサギと一緒になって集団で繁殖する習性があり、街に近い場所だと糞の臭いや鳴き声がうるさいなどの問題が発生し、存在できなくなっているのです。食べものと繁殖地の両方の減少が原因で減っているのは間違いなさそうです。
どこまでも広がる緑の水田にオレンジ色の美しいサギがいる光景。日本の原風景ともいえるこの景色がいつまでも見られるように、なんとか共存できないのかそんな思いがしています。
写真提供:柴田佳秀
柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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