こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
ここ数年は信じられないほどの猛暑の夏ですが、流石に9月に入ると少し秋めいてきますね。そんな季節の移り変わりを感じると、私はなんだかとてもソワソワしてくるのです。なぜなら、鳥たちが動き始めるから。春から夏に子育てをした鳥が、次のステージへ向けて移動を開始するのがちょうど今ごろで、日本列島をたくさんの鳥たちが通り過ぎていきます。
今回紹介するハチクマも、そんな鳥のひとつです。ハチクマは、夏鳥として九州以北の平地から山地の森に渡来し、子育てをするタカのなかま。オスの大きさは57cm、メスは61cmとオスよりもやや大柄です。翼を広げると121~135cmもありますから、かなり大きな鳥といえるでしょう。飛んでいる姿を下から見上げると、他のタカ類に比べて首が長く見えるのが大きな特徴です。
さて、ハチクマってなんだか変な名前です。ある博物館でこの鳥の巣を展示したところ、これは熊の巣ですかと聞かれたそうです。昆虫にもクマバチなんていうのがいますからややこしい限りです。では、いったいなぜこんな名前なのか。それはこの鳥の主食が昆虫のハチだから。特にあの恐ろしいスズメバチが大好物なのです。ですから、ハチは昆虫のハチのことです。
ではクマはなんでしょう。こちらはクマタカというタカからの命名で、ハチを食べるクマタカに似た鳥なのでハチクマという名前になったと言われています。本来なら、ハチクマタカにすべきですが、鳥の名前は長くなると最後を省略することがよくあるので、それにならったという感じでしょうか。確かにハチクマの方が語呂が良いですからね。
あの刺されたら大変なことになるスズメバチを食べるとは、とんでもない鳥ですが、さらに驚くのがその捕り方。なんと、鋭い爪がある脚でガシガシと土を掘って、地中にあるスズメバチの巣を探しだし、中にいる幼虫や蛹を食べてしまうのです。当然、ものすごい数のハチが襲いかかりますが、ハチクマはいっこうにかまうことなく、涼しい顔をして巣を壊し続けます。そして、しばらく時間が経過すると、不思議なことにハチたちは戦意喪失して襲わなくなるのです。
どうもハチクマの羽毛には、特殊な成分があるらしく、それに接するとハチがおとなしくなるようです。この成分はどんなものなのか研究が進められているそうですが、今のところ詳しいことは発表されていません。ハチを食べるのは大人の鳥だけでなく、ヒナも主にハチを食べて成長するので、この鳥はハチなしでは生きてけないのでしょう。
ハチクマは、春から夏にかけて日本で繁殖したのち、9~10月には東南アジアの越冬地にむけて旅立ちます。冬の日本では主食となるハチが捕れなくなるからです。繁殖中は深い森の中にいるので、姿を見るのは難しい鳥ですが、渡りには決まったルートがあり、その途中の長野県の白樺峠や長崎県・五島列島の福江島などが有名なウォッチングポイントです。うまくタイミングが合えば悠々と飛ぶ姿を見ることができ、特に福江島では、ものすごい数のハチクマが次々と渡っていくのが観察できるそうです。
ところで、鳥の渡りルートを調べるには様々な方法があり、その一つに鳥に送信機を取り付け、人工衛星で追跡する手法があります。そして、このハチクマは人工衛星追跡で渡りルートが大変よく調べられている鳥なんです。
例えば、「あずみ」と名づけられたメスは、9月19日に長野県安曇野を出発し、9月28日に五島列島を通過、東シナ海を渡って、中国、ベトナム、ラオス、タイ、シンガポールを経て、11月9日に越冬地のジャワ島のタシクマラヤに到着しました。その距離は9,585kmにも及びます。そして、その翌年、2月22日に春の渡りをスタート。
秋にたどったコースを逆戻りするように進んだかと思うと、途中で中国方面へ進路変更。中国の各地を通って朝鮮半島へ入り、中央を突っ切るように南下し、日本の対馬を経由して九州に到着。そこから方向を90度変え、瀬戸内海沿岸を進み、5月18日に長野県安曇野に帰ってきたのです。春の旅に要した日数は87日で、総延長移動距離はなんと10,651㎞にもなったと言います。ハチクマは、誰にも教わらずに1羽だけで、こんな旅を毎年繰り返しているわけですから、私は畏敬の念を抱かずにはいられません。いやはや、生きものの能力とは想像を超えた世界なんですね。
柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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