こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は、それぞれに母の味があるだろう料理、「味噌汁」についてのお話です。
母の作る味噌汁が、嫌いだった。
瀬戸内の大きないりこで出汁を取り、祖母が作った味噌で薄味に仕上げられた味噌汁。自分の椀にいりこが入っていたら、味の抜けたいりこをガシガシ食べなければならず、ハズレだと思っていた。祖母の手前味噌は、市販のものと違って大豆や麹の粒がザラザラと舌に残る。具材は家の畑の野菜が雑多に入って、何がメインなのかも分からない。わかめも漁師さんから買ったのを庭で乾燥させていていた。何というか、田舎臭くて貧乏臭い感じが苦手だった。
都会に住む従兄弟の家で出される味噌汁は、豆腐とわかめのシンプルな食材。出汁入り味噌が使われた味噌汁に、私は大層憧れていた。
「おふくろの味は?」と聞かれたら、サーモンマリネや麻婆豆腐と答えた。味噌汁なんて、思い浮かびもしなかった。
だが、料理の仕事の道に進むきっかけとなったのは、この味噌汁だったのだ。
前職で多忙な日々を送っていたある日、実家から野菜便が届いた。土がついた人参や、虫食いのある小松菜。それぞれ新聞紙に包まれていて、ひとつひとつ確認しながら冷蔵庫に入れていく。ダンボールの一番下には、祖母の作った味噌が入れられていた。「まだ前のも全然消費できてないんだけどな‥」。仕事に追われて料理をする時間が取れず、外食も増えていた。
とはいえ、外食するのにも飽きてきたところ。届いた野菜も食べなくては。「流石に今日はご飯を作ろう」と久しぶりにキッチンに立った。
疲れているので、凝ったものを作る気力はない。味噌汁でいいか。届いた野菜をとりあえずザクザク切り、出汁の鍋に入れた。野菜の頃合いを見て、祖母の味噌を入れ火を止めた。
白米と、ちょっとしたおかずと、野菜がたっぷり入った味噌汁。「さっと作れても、充分立派なご飯だわ」と汁椀を手に味噌汁をすすったところ、ドーンと!自分の頭に雷が落ちたかのような衝撃を受けた。「あれ?!味噌汁って、こんなに美味しかったっけ‥?」
さっぱりとしてスルスル食べられるのに、満足感がある。実家の野菜も無骨ながらも、新鮮でみずみずしい。歯応えが良くて食べるのが楽しい。疲れでガチガチに縮こまっていた体と心が、奥の方からやんわりほどけていくようだった。
あまりにもびっくりして、私はご飯の途中にも関わらずキッチンへ戻った。今まで「こんな、納屋で適当に発酵させた手作りのものなんて」と思っていた。だから、味噌をそのまま食べてみようなんて、一度も考えたこともなかった。しかし今、私はその味が気になって仕方がなかった。
冷蔵庫を明け、祖母の味噌を取り出し、スプーンで少しすくって恐る恐る舐めてみた。「うわ!美味しい‥!」濃くて甘い。味噌のうまみがこれでもかというくらい、ギュッと詰まっている。それでいて、口の中で四方八方にじんわりと味が広がっていく。
こんなに美味しい味噌汁をずっと食べさせてもらっていたのか。思えば、手作りの野菜も、地元で採れたいりこやわかめも、なんて贅沢で、なんて豊かなものだったのかと、この時になってやっと気が付いた。この出来事が、料理や季節の手しごとへの興味をひらくきっかけとなったのだった。
私は味噌汁をおふくろの味だとは思っていなかった。しかし長年私を支えてくれていたのは、この味噌汁だった。おふくろの味とは、知らず知らずのうちに受け取るものなのかもしれない。
今、私は新たな家族をもち、料理をする側になった。おふくろの味とならずとも、私がしてもらっていたように、ただただ、味噌汁を作り続けていけたらなと思う。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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