こんにちは。俳人の森乃おとです。
暦の上では春を迎えましたが、まだまだ厳しい寒さが続きます。それでも野や街に降る光は、日ごとに明るさを増してゆくことでしょう。別れと出会いが交差するこの季節、胸に沸きあがってくるのは、何色とも言い難い春愁です。そんな「もの思い」にふさわしい花が、風に揺れる可憐なサンシキスミレ(三色菫)なのかもしれません。

野に咲く可憐な「心の安らぎ」=ハーツイーズ
サンシキスミレはスミレ科スミレ属の多年草もしくは一年草。ヨーロッパに広く分布し、早春を彩る可憐な野の花として、古来愛されてきました。
学名はViola tricolor(ビオラ・トリコロル)。属名のViolaはラテン語で「紫色」の、種小名のtricolorは「三色の」を意味し、和名も同じく紫・黄・白の三色の花色に由来します。
草丈は15 cmほどで茎が直立しますが、弱くて倒れやすく、這うように広がる性質があります。葉はスミレよりも長く、縁の切れ込みが深いことが特徴です。
開花期は3月から5月。スミレに似た形の径1.5㎝程度の5弁花を、大きく開いて咲かせます。

「三色」といいながら花弁にはさまざまな色が入り、上弁2枚が青・紫、側弁2枚が紫または白、そして唇弁1枚に白色あるいは黄色の斑が入るなど、実に千差万別です。
園芸種の「パンジー」「ビオラ」の原種の一つとして知られていますが、本来、「パンジー」といえば、野に咲くビオラ・トリコロルのことを指していました。

日本では、かつて園芸種のパンジーに「サンシキスミレ」の和名がつけられました。そのため多少の混乱がありますが、現在、野生種は英名のワイルド・パンジーの名で呼ばれています。
ちなみにpansy(パンジー)という言葉は、フランス語の「考えられたこと」を意味するpensées(パンセ)より。花姿がもの思いにふけっているように見えることからの連想です。
シェイクスピアの愛した恋わずらいの花
ヨーロッパにおいて、サンシキスミレには失恋の悲しみ (heartbreak) を癒す特効薬とされてきた歴史があります。また気管支炎、ぜんそくなど肺疾病の治療にも使われたことから、「心の安らぎ」=heartsease(ハーツイーズ)の名も広く使われています。

イギリスでは特に愛情を象徴する花とされ、エリザベス朝時代(1558~1603年)に活躍した劇作家ウィリアム・シェイクスピアはサンシキスミレを幾つかの作品に登場させました。
悲劇『ハムレット』第4幕第5場では狂ったオフィーリアが、愛するハムレットとの見分けもつかなくなり、兄に対して“愛しい人”と呼びかけ、「これはパンジー、もの思いのしるしなの」と手渡します。
また『夏の夜の夢』では、サンシキスミレは惚れ薬の原料として登場。劇中では「いたずらなる恋(love-in-idleness)」と呼ばれ、妖精王オーベロンは手下の妖精パックに、サンシキスミレの採集を命じます。

その「恋わずらい」の花の汁を閉じられたまぶたに塗っておくと、目覚めて最初に見たものに、あられもなく惚れ込んでしまうというのですから、なんと強力な媚薬なのでしょう。
花言葉は野生種、園芸種に共通して「もの思い」「私のことを忘れないで」。ちなみに園芸種のパンジーは、19世紀に野生種のサンシキスミレやビオラなどを交配して生みだされ、学名はViola × wittrockiana(ビオラ・ウィットロキアナ)です。園芸界では、5㎝以上の花を咲かせる品種をパンジー、5㎝以下の小さな花を咲かせる品種をビオラと呼ぶこともあります。

サンシキスミレはヨーロッパでは恋、愛情と関連づけられてきた歴史があり、『夏の夜の夢』では、サンシキスミレがなぜ三色になったのかについて、次のように語られます。
あるとき、西の玉座に君臨する恋を知らぬ美しき処女を狙い、恋愛の神であるキューピッドの弓から恋の矢が放たれました。しかしオーベロンの計略により矢はそれ、小さな花の上に落ち、それまで乳のように白かった花が、恋の矢傷を受けて紫色に染まってしまったのだとか。
ちなみに「美しき処女」とは生涯独身を通し、「ヴァージン・クイーン(処女王)」と呼ばれたエリザベス一世のことを指しているとされています。
恋情に関連づけられることが多いサンシキスミレですが、掲句の菖蒲あや氏の作品は、別れの季節でもある春にふさわしい一句となっています。少しばかりの寂しさも込めながらの、去る者から残る者への温かい愛情に満ちたエールではないでしょうか。
サンシキスミレ(三色菫)
学名:Viola tricolor
英名 wild pansy/heartsease /love-in-idleness
スミレ科スミレ属の多年草もしくは一年草で、ヨーロッパ原産。園芸種のパンジーの原種で、ワイルド・パンジー、ハーツイーズとも。開花期は3月から5月。スミレに似た形の1.5㎝程度の5弁花を咲かせる。和名は紫・黄・白の三色の花色に由来。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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