こんにちは。俳人の森乃おとです。
日本の代表的な春の野草といえば、スミレとタンポポです。どちらもよく知られ、愛されている花で、たくさんの種類があります。けれどもふたつの花には、大きな違いがあるのです。
タンポポはキク科タンポポ属の総称です。名前には〝カントウタンポポ〟のように、分布域や特色を示す言葉がついていて、何もつかない「タンポポ」という植物種は存在しません。
ところが、スミレはスミレ科スミレ属の総称としても使われますが、名前に何もつかない「スミレ」という和名を持つ種(学名はビオラ・マンジュリカ)が存在するのです。学名のビオラはスミレ属を指し、マンジュリカは「満州(旧中国東北部)の」という意味です。
スミレ愛好家の中には、この花を他の仲間と区別して「本スミレ」とか、単に「マンジュリカ」と呼ぶ人もいます。北海道から九州までの日本全土と、海外では朝鮮・中国に分布し、人家の近くや道ばたに花を咲かせます。
私も「スミレ」といえばまず、この花を懐かしく思い浮かべます。野や都会の片隅で、濃い紫色の花を下向きに咲かせます。船の櫂(かい)を思わせる葉も好ましく、とても端正な印象を与えます。
明治期の文豪、夏目漱石の有名な俳句です。季語は「菫(すみれ)」で季節は「春」。心を病んで英国留学から帰国し、東京帝国大学の講師として教鞭をとっていたころのこと。漱石は片隅にひっそりと、けれど気高く咲くスミレの姿に、わが身を重ねたのかもしれません。この「菫」はビオラ・マンジュリカ=本スミレでしょうか。
日本に生育するスミレ属は、50種とも200種ともいわれます。数でいえば、最も多く見られるのはタチツボスミレで、花の色はやや淡く、葉はハート形をしています。タチツボスミレの白花の種はツボスミレと呼ばれ、オオバキスミレのように黄色い花もあります。
スミレという名前の由来については、日本の植物分類学の父・牧野富太郎が、花の形が大工道具の墨入れに似ているためという説を唱えています。
スミレの花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」。ヨーロッパでもたいへん愛されていて、香りのよいニオイスミレのほか、花の大きいパンジー(三色スミレ)や、やや小さいビオラなど、園芸品種も発達しています。
フランス皇帝ナポレオンもニオイスミレが大好きで、エルバ島に追放されたときには、「スミレが咲くころには戻ってくる」と部下の兵士らに言い残したそうです。
ニオイスミレの花の砂糖漬けも人気で、オーストラリア・ハプスブルグ家の最後の皇后エリザベートは、よくお忍びで城を抜け出し街のお店で買い求めたとか。音楽家のショパンも砂糖漬けを浮かべたホットチョコレートを好んだといわれています。
シェイクスピアの喜劇「夏の夜の夢」には、スミレが媚薬(びやく=惚れ薬)として登場します。花の汁を絞って、寝ている間にまぶたに塗っておくと、目覚めたときに最初に見た人を恋するようになるのです。
さて。スミレの種子には、エライオソームと呼ばれる甘い柔らかな粒がついています。
アリはこれを幼虫に食べさせるために、種子を巣に運び込み、スミレの遠くへの散布(さんぷ)を手助けします。人間もアリもスミレのスイーツが大好きなのですね。
※スミレ(菫)はスミレ科スミレ属の植物の総称。種名としては(Viola mandshurica)を指す。科名属名の〝スミレ〟とまぎらわしいため、「本スミレ」とも呼ぶ。
スミレ
学名 Viola mandshurica
英名 Violet
草丈10~15㎝。開花期は4~5月。葉はへら形で先が丸い。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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