こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
7月のある日、杉の木が並ぶ薄暗い森を歩いていると、どこからともなく口笛のような鳥の声が聞こえてきました。
「ピュルリリーホイホイ、ピュルリリーホイホイ、ギーギー」
これが、今回ご紹介する鳥、サンコウチョウのさえずりです。漢字で書くと「三光鳥」。鳴き声の前半「ピュルリリー」が、「ツキ(月)・ヒ(日)・ホシ(星)」と聞こえることから、この名前がついたといわれています。江戸時代の前期には、すでにサンコウチョウと呼ばれていたそうで、昔の人の耳と感性には驚かされます。
ただ、個人的には後半の「ホイホイホイ」のフレーズの方が印象的で耳に残る気がします。でも、「ホイホイ鳥」ではさすがに風情がないので、やっぱりサンコウチョウで正解ですね。
この鳴き声を発するのは主にオスで、求愛や縄張りの主張が目的です。ただし、メスも同じような声を発することがあり、その場合は警戒の意味合いがあるとされています。また、卵をあたためるとき、交代の合図でもこの声を発することがあるそうです。
とても印象的な声のサンコウチョウですが、姿はさらに印象的。オスはスズメくらいの体に、なんと30cmにもなる長い尾羽を持ち、日本の鳥の中でもとびっきり優雅な見た目をしています。その長い尾羽をひらひらとなびかせながら、梢を飛び回る姿は、まるで森に舞い降りた天女のよう。さらに、目の周りとくちばしは鮮やかなコバルトブルー。頭には短い冠羽があり、どこか異国情緒を漂わせるエキゾチックな雰囲気です。
ちなみにメスは尾羽が短く、体は赤茶色をしています。目の周りはオスほど青くありませんが、それでも十分に美しく、森の中でひときわ目を引く存在です。
サンコウチョウは、梢にとまっては、飛んでいる虫を見つけ、パッと飛び出して捕らえて食べる──そんな見事なハンティング技を得意としています。この行動はヒタキ科の鳥によく見られるもので、長らくサンコウチョウもその仲間だと考えられてきました。
ところが近年、遺伝子を詳しく調べたところ、なんとカラスに近いグループだということがわかったのです。思わず「本当に?」と首をかしげたくなるような結果ですが、これはまったく類縁関係がないのに、暮らしぶりが似ているために、体のつくりが似てしまう「収斂進化」と呼ばれる現象です。生きものの世界では、案外よくあることなのです。
毎年5月のはじめ頃、越冬地である東南アジアから本州以南の森へと渡ってきて、子育てをします。海を越えて日本にやってくるわけですが、あの長い尾羽をたなびかせながら、よくぞ遠くまで飛んで来られるものだと、毎年感心させられます。
ところが、秋になって日本から越冬地へ戻る頃、オスの尾羽はすっかりなくなっています。繁殖を終えると「換羽」と呼ばれる羽の生え変わりが始まり、その際に長い尾羽も抜け落ちてしまうのです。私はこの尾羽をどうしても見つけたいと思い、森の中を歩き回って探しているのですが、いまだに見つけたことがありません。拾ったという話すら聞いたことがないのです。サンコウチョウの尾羽を見つける──それはバードウォッチャーにとって、ちょっとした夢でもあります。
そんなサンコウチョウは、美しく不思議な魅力を持つ鳥で、「一度は見たい」と憧れるバードウォッチャーも少なくありません。そのため、営巣地の情報が広まると、多くの人が殺到してしまい、残念ながら巣を放棄してしまうケースも報告されています。とても神経質な鳥なので、子育て中はそっとしてあげたいものです。
春と秋の渡りの時期には、市街地の公園に姿を見せることもあります。そんな偶然の出会いを、そっと、心に刻む──それがサンコウチョウとの理想的な距離感なのかもしれません。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
