こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
皆さんは、「海派」でしょうか? それとも「山派」?
私はどちらかというと、「山派」です。というのも、子どもの頃に住んでいた町では、海よりも山の方がずっと身近だったからです。
そんな私にとって、夏といえば山の渓流。涼しい川辺で一日を過ごすのが、夏休みの定番イベントでした。冷たい川の水に足を浸しながら岩の上に座り、釣りを楽しむ——あの時間は、今でも目を閉じればすぐに思い出せます。そして、もうひとつ忘れられないのが、川のせせらぎに重なるように聞こえてくる鳥の鳴き声。
「チチチチ、チョイチョイチョイ」
そう、キセキレイのさえずりです。その涼しげな音色は、せせらぎの音と相まって、まるで清涼感を倍増させてくれるかのよう。耳に心地よいその声を聞くと、渓流の水音とともに、夏の暑さも忘れてしまいそうです。
キセキレイは全長約20cm。尾羽がすっと長く伸びた、とてもスマートな体型の鳥です。頭から背中にかけては灰色で、体の下面は鮮やかなレモンイエロー。この色が実に美しくて、私はこの鳥を見るたびに、つい“かき氷のレモンシロップ”を思い出してしまいます。鳴き声も色彩も、なにもかも爽やか。それがキセキレイという鳥なのです。
オスとメスで基本的な体色は同じですが、繁殖期になるとオスの喉が真っ黒くなります。ただし、メスでも喉が黒くなる個体がいるため、見分けが少しややこしくなることもあります。
キセキレイは、九州以北に広く分布し、山地から亜高山帯までの渓流沿いで一年中見られます。ただ、積雪が多い地域では、冬になると平地へ移動する個体もいます。そんな鳥たちは、秋から冬にかけて市街地の小さな川や公園の池のほとりに姿を見せてくれます。また、冬になると南西諸島にも現れ、短い距離を渡っている個体もいるようなのです。
日本のセキレイ類には、キセキレイのほかにもハクセキレイやセグロセキレイといった身近な種がいますが、そのなかでも最も「川」に強く拘っているのがキセキレイでしょう。彼らの主な食べものは、川に発生する水生昆虫。川原を早足で進みながら、石の隙間に隠れている虫を見つけては器用につまみとって食べます。また、空中にひらりと舞い上がり、飛んでいるカゲロウを見事にキャッチするのもお手のもの。遠くから見ていると、まるで川面をひらひらと舞いながらダンスをしているようにも見えます。
このスマートなキセキレイ、一見すると、争いごとなんて無縁な鳥に思えるかもしれません。でも、実はけっこうアグレッシブな性格の持ち主なんです。特にオスは縄張り意識が強く、同種のライバルだけでなく、セグロセキレイなどの他種の鳥に対しても、果敢に追い払う行動をとります。ときには、道路脇のカーブミラーに映った自分の姿をライバルと勘違いして、激しく攻撃をしている場面を見かけることもあります。
そして、セキレイといえば忘れてならないのが、あの特徴的な尾羽の動き。尾羽をせわしなく上下にフリフリするあの仕草、いったいなぜそんなことをするのか気になりますよね。ところがこの行動、科学的にまだはっきりとした理由が解明されていないのです。ただし、いくつかの仮説があり、現在、有力なのは、「捕食者に対する警戒・警告説」です。尾羽を絶えず上下に振ることで、「狙っているのはわかっているもんね~。襲ってもムダだぞ~」と捕食者にアピールしているんだというのです。
でも、セキレイって、いつ見ても尾を振っていますよね? そんなに四六時中、警戒しているものなのかなと、ちょっと疑問に思ってしまいます。そしてふと気がついたんです。「もしかして、警戒している相手って、鳥を観察している“私”なのでは?」と。でも、観察しなければ確かめようがないし....うーん、これはなかなか難しい問題です。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
