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ムギマキ

旬のもの 2025.10.26

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。

みなさんは、麦の種はいつ蒔くかご存知でしょうか。
答えは秋。春蒔きの品種もありますが、主流は秋です。北海道では9月下旬から、本州以南では10~12月上旬にかけて行われます。稲刈りが終わって秋が深まる今頃が、麦の種蒔きシーズンということなんです。

今回ご紹介する鳥のムギマキは、まさにその麦の種蒔きシーズンの最盛期にあたる10~11月に姿を見せることが名前の由来といわれています。季節の移ろいと人々の営みが重なって生まれたネーミングは、なんともロマンチックで、本当にすてきなセンスだと思います。

ムギマキは大きさ13cmほどの小さなヒタキの仲間の鳥です。オスは頭から体上面が黒く、眉と翼に目立つ白い斑があり、喉から胸にかけては濃い橙色。まるで黒いスーツにオレンジ色のネクタイを合わせたオシャレな紳士のようです。一方、メスは、頭から体上面がオリーブ褐色で喉から胸が淡い橙色。控えめだけれど、上品な秋の装いといった趣ですね。

この鳥の名前を初めて聞いたという方も多いのではないでしょうか。というのも、ムギマキは春と秋の短い期間に日本に立ち寄る数が少ない鳥だからです。春は日本海の離島を通過することが多く、本土ではあまり見られません。秋は、本州の日本海側の地域や西日本が通過ルートの中心で、その他の場所ではごくまれにしか見られないのです。つまり、地域限定の珍しい旅鳥というわけです。

さて、ここで気になるのが名前の歴史です。日本で麦の栽培が広まったのは江戸時代初期だそうですから、ムギマキという名前もその頃に生まれたのだろうと思いきや、実は名づけられたのはもっと後の時代でした。

江戸時代中期の絵にはムギマキらしき鳥が描かれていますが、そこに添えられた名は「コツバメ」。当時はムギマキではなくコツバメという名前だったようです。オスの黒い体と赤い喉の配色がツバメを思わせたことから、そう名づけられたのでしょう。

ムギマキという名が文献に初めて登場するのは江戸時代末期。あのドイツ人医師のシーボルトが著書『ファウナ・ヤポニカ』の中で、この鳥の学名をMuscicapa mugimakiと紹介したのです。この学名はシーボルトが日本滞在中に集めた標本をオランダの学者のテミンクによって1836年に記載命名されたもの。おそらく、この鳥の和名「ムギマキ」を採用したのではないかと思うのです。

では、シーボルトはこの和名をどこで知ったでしょうか。これは私の推測なのですが、彼が滞在していた長崎では、この鳥をムギマキと呼んでいたのかもしれません。長崎は渡りルートにあたり、実際に観察できた可能性が高いからです。あるいは、長崎以外で採集された可能性もあります。その場合でも「これはムギマキですよ」と誰かに教えられたのかも。もし、コツバメと教えられていたら、今のムギマキという和名は存在しなかったかもしれませんね。

その後、明治時代にまとめられた日本鳥類目録では、ムギマキとコツバメが併記されていましたが、大正時代になってようやくムギマキに統一されました。なぜコツバメが外れたのかわかりませんが、ツバメとはいくらなんでも違いすぎますので、学名の元になったムギマキの方が相応しいとなったのかもしれません。

実は今回、この文章を書くに当たってムギマキの名前の由来を調べたのですが、こんなに複雑で興味深い歴史があるとは知りませんでした。鳥の名前のひとつひとつに、時代を超えた人の思いや文化の流れが込められている。そう思うと鳥を見る目が少し豊かになった気がします。

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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