こんにちは。俳人の森乃おとです。
チューリップが春の花壇を彩る季節がやってきました。「咲いた咲いた」ではじまるチューリップの童謡は、誰しもが一度は口ずさんだことがあるでしょう。色とりどりの花を並べ、やわらかい光の中で揺れている姿は、まさに幼少期の幸福と喜びそのものです。
豊穣と神聖さを象徴する楽園の花
チューリップはユリ科チューリップ属の球根植物の総称。地中海沿岸から中央アジアにかけておよそ150種が分布します。園芸品種は現在、世界中で4000 種以上が存在し、最も流通しているのはゲスネリアーナ(Tulipa gesneriana)種の系統です。
開花期は3~5月。草丈は品種によって異なり、10~70㎝。筒状に重なった葉の中心部から花茎を1本伸ばし、釣鐘をさかさまにしたようなカップ状の花を一つ咲かせます。花径は5~10㎝。萼がない6弁花のようにみえますが、外側の3枚は萼が花弁と同じ色姿になったもの。内側3枚の本来の花弁を守る役目をしています。
チューリップはトルコ語で「ラーレ」。豊穣と神聖さを象徴する楽園の花として尊ばれ、オスマン帝国(1299~ 1922年)では宮廷の庭園で栽培されました。属名Tulipa(トゥーリパ)は、現地でターバンを意味する「ツルバン」に由来します。
日本に渡来したのは1863年。江戸幕府の遣欧使節がフランスから持ち帰った球根がはじまりともいわれます。和名はウコンコウ(鬱金香)。中国語表記をそのまま和名に当てたもので、由来は香りがウコン(鬱金)に似ていることからだそうです。明治時代以降、広く普及し、童謡『チューリップ』が発表されたのは1932年のこと。国内の生産地として名高いのは新潟県や富山県で、新潟では日本で初めて輸出用の球根がつくられました。
狂騒のチューリップ・バブル
チューリップがオスマン帝国からヨーロッパに持ち込まれたのは16世紀後半。オランダで品種改良が進み、わずか数十年後に爆発的な人気と価格の高騰を引き起こしたことは有名です。
チューリップは、球根にウイルスが感染する「モザイク病」によって、花弁に複雑な模様が生じます。当時は偶発的な突然変異と考えられ、特に珍しい模様を持つ品種は、富の象徴として上流階級の間でもてはやされました。やがて多くの一般市民も球根取引に熱中しはじめて、ピーク時には球根一つで家が建ち、土地や馬車数台と等価交換されたとか。
しかし1637年 2月 3日、「隣町で買い手がいなくなった」という噂をきっかけに、球根価格は突然暴落。一夜にして破産する投資家が続出し、経済は大混乱に陥りました。これがいわゆるオランダにおける「チューリップ狂時代(チューリップ・バブル)」(1634~1637年)。世界初のバブル経済事件といわれます。
チューリップの伝説
チューリップにまつわる物語はいくつかありますが、特にオランダの伝説が有名です。
ある美しい乙女に3人の騎士がプロポーズし、それぞれプレゼントを贈りました。一人は名声を表わす「王冠」、一人は強さを表わす「剣」、一人は資産を表わす「黄金」を。乙女は誰か一人を選ぶことができず、花の女神フローラに願い出て、自分を植物に変えてもらいました。やがて王冠は花に、剣は葉に、黄金は球根となり、3人の騎士はその植物に「チューリップ」と名付け、大切に育てたということです。
またイギリスには、妖精たちがチューリップの花に子どもを入れてあやすという言い伝えがあり、デンマークの童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805~1875年)の『親指姫』の小さな女の子はチューリップの花から生まれました。
花言葉は「思いやり」「博愛」
チューリップ全般の花言葉は「思いやり」「博愛」。心優しいオランダの乙女の伝説から生まれました。色ごとにも花言葉があり、赤いチューリップは「愛の告白」。かつてペルシャでは、赤いチューリップを贈って求婚したことから。ちなみにピンクは「誠実な愛」。白は「失われた愛」、黄色は「名声」「望みのない恋」など。
さてチューリップには、次のような有名な俳句があります。
作者の細見綾子は、大正時代から昭和にかけて活躍した俳人。若くして両親と夫を亡くし、自身も辛い闘病生活を送りました。掲句は1938(昭和13)年の作品。綾子は自註にて「(チューリップは)暗さを知らないものである。喜びそのもの。わが陰影の中にチューリップの喜びが灯る」と語っています。
チューリップの花の形は、何かを包み込むように丸く囲まれています。その中にあるものは、まだ汚されていない真新しい私たちの未来なのかもしれません。
チューリップ
学名: Tulipa gesneriana
英名:tulip
ユリ科チューリップ属の球根植物の総称。地中海沿岸から中央アジアにかけて約150種が分布。園芸品種は現在、世界中で4000 種以上。開花期は3~5月。草丈は品種によって異なり、10~70㎝。葉の中心部から花茎を1本伸ばし、カップ状の花を一つ咲かせる。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
