こんにちは、俳人の森乃おとです。
7月に入ってから、生垣のムクゲ(木槿)が薄紫色の大輪の花を毎日咲かせています。朝開いて夕にはしぼんでしまう一日花で、朝になると木の根元には、前日に咲き終わった花が、小さな折り畳み傘のように巻かれて落ちています。後が続くのかと心配になるほどの数ですが、花が尽きることはなく、本格的に秋が訪れる10月までの長い期間、私たちの目を楽しませてくれます。
ムクゲはアオイ科フヨウ属の落葉低木。中国原産とされ、日本には奈良時代の末ごろ、薬用・観賞用に渡来しました。樹高は3~4m。幹がなく、横幅をとらないため、生垣や庭木として植えられてきました。
花期は6~10月。花径は5~10㎝と大きく、色は白や薄紫色。花の構造は同属のタチアオイやハイビスカスによく似て、5枚の花弁が重なり合って浅い鉢形になり、筒状に融合した雄しべが中央から突き出しています。
星野立子(ほしの・たつこ:1903~1984)は、高浜虚子の次女。句は、武家政権が初めて誕生した古都・鎌倉に多く見られる薄暗い四つ辻が、ムクゲの生垣で囲まれている情景を詠っています。ムクゲは秋の季語です。
「無窮花(ムグンファ)」が和名の由来に
ムクゲは一日花なので不吉として、中世の華道の世界では「禁花」として忌避されたこともあります。しかし、千利休の孫で、表・裏・武者小路の3つの千家の開祖である千宗旦(せんの・そうたん)が、「一期一会」の茶道の精神に最もふさわしい花として愛したため、茶席を飾る夏の茶花として、なくてはならない存在になりました。
毎日咲き続けても尽きることがないため、韓国ではムクゲを「無窮花(ムグンファ)」と呼び、国花として扱っています。ムクゲという和名は、このムグンファか中国名の木槿(モッキン)がなまったものと考えられています。
ムクゲを詠んだ俳句としては、おそらくもっとも有名な句。1684年の『野ざらし紀行』と題する句作の旅で詠まれました。「野ざらしを 心に風の しむ身哉(かな)」と悲愴な覚悟で旅に出た芭蕉ですが、大井川を渡ったところで、芭蕉を乗せた馬が、沿道に美しく咲いていたムクゲの花をパクリと食べてしまいました。芭蕉は驚きと同時に、深い無常観を感じたのかもしれません。
ところで、ムクゲの花はアオイ科ですので、食べられる花としても知られています。生で食べても爽やかなトロミを味わえますし、天ぷらにしてもおいしい。葉はお茶になり、蕾や樹皮を乾燥させたものは、生薬になります。
馬がムクゲの花をパクリと食べてしまったのも、ごく自然なことだと思います。
「シャロンのバラ」とはムクゲの花?
ムクゲの学名は「ヒビスカス・シリアカス(Hibiscus syriacus)」。“シリアのハイビスカス”という意味です。学名がつけられた当時、ムクゲは同属の「タチアオイ」が低木化したものと考えられていました。タチアオイには十字軍がシリアから持ち帰ったという伝説があり、それが学名の由来になりました。
さらに英名はRose of Sharon、つまり「シャロンのバラ」です。
「シャロンのバラ」という言葉は、旧約聖書の『雅歌』の中に「私はシャロンのバラ、谷間のユリです」として登場します。「シャロン」とは、イスラエルの「乳と蜜が流れる肥沃な地」とされています。
「シャロンのバラ」は、英語圏ではムクゲを指すと考えられてきましたが、ほかにもサフラン、クロッカス、チューリップなど、さまざまな説があり、定まっていません。東洋では中国原産、西洋では中近東原産と考えられてきたムクゲは、ユーラシア大陸の東西をつなぐ花なのかもしれません。
「槿花一朝の夢」という成句も
ムクゲの花言葉は、西洋では、十字軍が持ち帰ったとの伝説から「信仰」と「信念」。日本では、一日で萎れてしまうことから、「繊細な美」「デリケートな愛」です。儚い栄華を意味する「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢」という成句も、一日花から生まれました。
ムクゲ(木槿)
学名Hibiscus syriacus
英名Rose of Sharon
アオイ科フヨウ属の落葉低木。原産地は中国とも西アジアとも。花期は6~10月。花径は5~10㎝と大輪。色は白、ピンク、紫。八重咲き、半八重咲きのものも。千宗旦が愛した白色で奥が濃い赤紫の花は、宗旦ムクゲと呼ばれ愛される。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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