こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
さて今回は、「ミソサザイ」という鳥のお話です。皆さんは、この名前を聞いたことはあるでしょうか。なんだか貝のサザエみたいで、鳥とはちょっと結びつきにくい、不思議な名前ですよね。あまり馴染みがない方も多いかもしれません。
ちょうど4月のこの時期、山へ行くと、谷底を流れる渓流の「ザー」という沢音に混ざって、複雑な節回しのさえずりが聞こえてくることがあります。それが、今回ご紹介するミソサザイの声です。
ミソサザイは、ヨーロッパからアジアにかけて広く分布する鳥で、日本では九州以北の山地で繁殖しています。伊豆諸島にはモスケミソサザイ、屋久島や種子島にはオガワミソサザイといった亜種もいて、場所によって少しずつ違いがあるんですね。なお、大東諸島の南大東島では、1938年にダイトウミソサザイという亜種が採集されていますが、その後は見つかっておらず、絶滅したと考えられています。
ミソサザイというこのちょっと変わった名前、実は室町時代にはすでに使われていたそうです。茶色い体をしているので「味噌」から来ているのかと思いきや、そうではありません。「ミソ」は溝、「サザイ」は小さな鳥という意味で、つまり「溝にいる小さな鳥」ということになるんですね。たしかにこの鳥、小川のような細い流れのそばによくいますし、道路脇の排水溝を出入りしているところも見かけます。とにかく狭いところが好きらしく、昔の人はそんな習性をよく見ていたんだなあと感心します。
そして何よりも小さい。全長はだいたい10cmくらいで、キクイタダキやヒガラと並んで、日本でいちばん小さい鳥のグループに入ります。ただ、野鳥はたいてい距離がありますし、間近で見る機会もなかなかありません。ましてや手に取るなんてこともできませんから、この「10cm」という数字、意外と実感がわかないんですよね。
どうしたらこの小ささが伝わるだろうかと、前から思っていたのですが、あるとき、ちょっと面白い写真が撮れました。
ミソサザイの横に写っている白い丸いもの、これ、ゴルフボールなんです。なぜこんなところにボールがあるのかはさておき、この写真を見たとき、「ああ、ゴルフボールよりちょっと大きいくらいなのか」と、妙に納得してしまいました。ゴルフボールの直径は42.67ミリですから、こうして見ると、この鳥がどれだけ小さいか、ぐっと実感できるのではないでしょうか。
ところがこの鳥、体はこんなに小さいのに、さえずる声は驚くほど大きい。しかも、かなり長い時間鳴き続けます。「ピピピチョリチョリルルルル」と、ビブラートをこれでもかと効かせた声を、何度も何度も繰り返す。聞いているこちらが、「いったいどこで息を吸っているんだろう」と、つい心配になってしまうくらいです。実は鳥というのは、息を吸うときも吐くときも音が出せるので、その点は問題ないのですが、それにしても、よくまあ疲れないものだなと思います。
このさえずりについては、ちょっと面白い研究があります。沢の近くで鳴いている個体と、沢から離れた山で鳴いている個体を比べてみると、沢のそばの個体のほうが、より大きな声で鳴いていることがわかったそうです。しかも、沢の音とかぶらない周波数を選んでいるのだとか。なるほど、沢はとにかくうるさいですから、それに負けないように工夫しているわけですね。一方で山の個体はそこまでの必要はありませんが、セミがにぎやかに鳴く季節になると、やはり負けじと声を張るのだそうです。
ミソサザイにとってさえずりは、縄張りを守るための大事な手段です。ですから、沢音にかき消されてしまっては困ります。とはいえ、「それなら静かな場所に行けばいいのに」と思いますが、そう単純でもありません。沢の周りには、水生昆虫などの食べものが豊富にあります。ミソサザイにとっては、繁殖するにはうってつけの場所なんですね。多少うるさくても、そこは譲れないというわけです。
それにしても、あの小さな体のどこに、あれだけの声量が詰まっているのか。不思議に思えてなりません。自然というのは、やはり私たちの想像を軽く超えてくるものですね。
写真提供:柴田佳秀

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
