こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
ここ数年、今ぐらいの時期に近くのショッピングモールへ出かけると、どこからともなく風に乗って、涼しげな鳥の声が聞こえてきます。イソヒヨドリの声です。この声が聞こえると、私は気もそぞろ、買い物どころではなくなってしまいます。じつはこの鳥、今、私が一番関心を寄せている種類なんです。毎日のように「イソヒヨ、イソヒヨ」と言っているので、家人からは呆れられています。

さて、そのイソヒヨドリですが、大きさは25cmくらいの小鳥で、主な食べものは昆虫や木の実です。オスは、青と赤褐色の美しい色をしており、メスは、全身に白い点を散りばめた青灰色のちょっと渋い色をしています。

ヒヨドリという名前ですが、ヒヨドリとは縁もゆかりもないジョウビタキと近縁のヒタキの仲間です。姿だけでなく、鳴き声も美しく、「ヒーリョ、ヒーリュリュ」とゆっくりとしたテンポで囀ります。ショッピングモールで聞こえてきたのもこの声で、街の喧騒の中でもよく通る声なので、鳴いていればたいてい気がつくでしょう。

この鳥に出会えるのは、北海道から沖縄の島々、そして小笠原諸島まで日本全国です。ただ、北の地方では数は少なく、南へ行くほど多くなる傾向があります。季節によって渡る習性はなく、だいたい同じ場所で一年中見られますが、冬にはいなくなることもあるので、小規模な移動は行っているのかもしれません。

イソという名前からわかるように、本来は磯や漁港などの海辺が主な生息地です。潮騒と共に聞こえるイソヒヨドリの涼しげな囀りは、海に来たことを実感させてくれるのですが、最近はそうとは限らなくなっており、今では海から遠く離れた内陸の街でもこの声を聞くようになりました。
この鳥が海から離れた場所で見られるようになったのは、じつはけっこう前からで、1980年代には既に福岡県や神奈川県などで繁殖記録があります。また、近畿地方では1980年代後半に内陸部で目撃されるようになり、1990年代後半から繁殖をはじめたそうです。そして、2000年代になると宮城県や山梨県、東京都八王子市でも繁殖が見られるようになり、2010年代には、関東地方の内陸部のあちこちでもイソヒヨドリの姿を見るようになりました。

私が初めて内陸部でこの鳥を見たのは2013年3月。映画「男はつらいよ」で有名な東京都葛飾区柴又で天丼を食べてお店を出たとき、目の前の軒にメスのイソヒヨドリがとまっているのを発見。それからはずっと気になる鳥になったのです。

2019年に、私はイソヒヨドリがどのくらい内陸にいるのか、SNSを利用して目撃情報を集めてみました。すると青森県以外の全国から558件もの情報が寄せられ、内陸進出は全国的に起きていることがわかったのです。そして、近畿地方には、広い範囲に満遍なくいることや、関東地方では神奈川県が特に内陸進出が盛んであること、北日本の日本海側や北海道ではまだそれほど見られていないこともわかりました。もはやイソヒヨドリは、磯でもヒヨドリもない鳥になっていたわけです。

さて、そのイソヒヨドリは、なぜかショッピングモールで出会います。あとマンションにもよくあらわれ、「ベランダに青いきれいな鳥がとまってたんだけど、これ何の鳥?」と聞かれることも。これらの環境に共通するのは大型建造物があること。ビルの屋上にとまって囀るオスをよく見かけ、おそらくここに内陸の街が気に入った理由があるのではないかと思うのです。

今でも海辺には普通にイソヒヨドリがいますから、環境悪化によって内陸に移住したわけではないようです。一年中、同じ場所にいるイソヒヨドリですが、若い鳥は親の縄張りから出ていかなければなりません。そんな若い鳥が新たなすみかを探して旅をしているうちに、磯の崖と似たようなビルを見つけ、ここならば棲めそうだと暮らし始める。そして、同じような旅をしていた伴侶と巡り会い、繁殖するようになる。
こうして街生まれのイソヒヨドリが誕生し、どんどん街で暮らす鳥が増えていく。そんなストーリーが考えられるのですが、これはまだ妄想に近い仮説であり、証明されたわけではありません。これからも観察を続けて、イソヒヨドリ内陸進出の謎を解き明かしたいと思っています。
写真提供:柴田佳秀

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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