こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
5月10日から1週間は、愛鳥週間(バードウィーク)ですね。この時期、日本の多くの鳥たちは子育ての最盛期を迎え、1年でいちばん鳥の声で満ちあふれる季節になります。
数年前の愛鳥週間のある日、まだ夜明け前の時間に栃木県・奥日光の森を訪れたことがあります。ひんやりとした空気の中、空が徐々に明るくなるにつれて、鳥たちの声が次第に賑やかになり、やがて森全体が美しいコーラスに包まれました。
「キョロン、キョロン、ツリー」
さまざま声が重なり合う中で、特徴的な節回しで規則的に繰り返される鳥の声が聞こえてきます。これが今回紹介するアカハラの声です。
アカハラは、大きさ24cmのツグミ科の鳥。夏鳥として本州中部以北に渡来し、繁殖します。この鳥がいる典型的な場所は山の別荘地。夏でも涼しい高原の森が彼らのすみかです。初夏の早朝、別荘地を散歩していると、高い木のてっぺんにとまって大きな声でさえずるオスをよく見かけます。この声を聞くと、私は「山に来たなあ」と実感するのです。ただし、東北や北海道では平地の森でも繁殖し、山ではない場所でアカハラの声を聞いたときは、少し違和感を覚えた記憶があります。場所が変わると、鳥の印象も変わるのですね。
さえずりはオスの仕事で、朝一番に高らかに鳴いて縄張りを宣言し、ライバルの侵入を防ぎます。まさに先手必勝です。また、気温が低いほど音は遠くまで伝わるため、早朝はメッセージを効率よく届けやすい時間帯でもあります。こうして2時間ほどかけて縄張りを主張した後は、地面に降りて食事です。あれだけ鳴けば、さすがにお腹が減りますからね。この時期の主な食べものは昆虫やミミズで、地面をピョンピョン跳ね歩きながら食べものを探します。
オスは上面が黒褐色で、胸から脇腹にかけて赤茶色をしています。この赤茶色が名前の由来なのですが、正面から見るとお腹は白く、赤くないのです。そう考えると、「アカムネ」や「アカワキバラ」といった名前のほうが実態に近いのかもしれません。でも、あまり語呂がよくないですし、やはり「アカハラ」という名前のほうがしっくりきますね。なお、メスも基本的にはオスと似た色合いですが、全体的にやや淡く、目の上には薄い白い線が入るのが特徴です。
さて、夏鳥のアカハラを冬の平地の森や公園で見ることがあります。実は関東より西の平地ではアカハラは越冬しているのです。鳥の脚に番号を刻んだ足環をつけて放す標識調査の結果によると、主に北海道で標識された個体が関東や四国、九州で見つかっています。このことから、北海道で繁殖するアカハラの一部は、日本国内で越冬していると考えられています。また、台湾やフィリピンでも見つかる例もあり、国外で越冬する鳥もいるようです。一方、本州の高原で繁殖するアカハラがどこで越冬しているかは、まだわかっていません。
さらに、関東などで越冬するアカハラには、頭が真っ黒の個体がいて、夏の高原で出会う鳥とはずいぶん雰囲気が違っています。どうやらこの鳥は、千島列島の択捉島で繁殖する亜種オオアカハラらしいのですが、詳しいことはわかっていません。小鳥は体が小さいためGPS発信器をつけることが難しく、追跡調査は簡単ではありません。そのため、アカハラに限らず、多くの小鳥で繁殖地や越冬地の詳しい位置は、いまだ解明されていないのです。
高原の朝を告げるアカハラのさえずり。バードウォッチングの先輩の話によると、かつては軽井沢の駅を早朝降り立つと、それはそれは賑やかなアカハラの声に圧倒されたそうです。ところが今では、その声を耳にすることはほとんどなくなったと言います。それだけ数が減っているのかもしれません。
アカハラの繁殖地は、世界でも日本とサハリンでしか確認されておらず、その中心は日本です。つまり、日本で姿を消してしまえば、世界からこの鳥が完全に消えることを意味します。そうならいように願わずにはいられません。

柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。