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ヤブサメ

旬のもの 2026.06.14

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こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。

6月を迎えると、日本の広い地域で梅雨入りし、本格的な雨の季節を迎えます。今回は、そんな雨の季節にぴったりな鳥のヤブサメを紹介しましょう。

写真提供:野口正裕

ヤブサメは、全長がおよそ10cm。ミソサザイやキクイタダキと並ぶ、日本でいちばん小さな鳥のグループに入る鳥です。夏鳥として日本に渡ってきて、屋久島以北で子育てをしますが、西日本では冬に見かけることもあります。奄美大島より南では冬鳥です。

姿は全身が褐色をした地味な色合いですが、目の上にはクリーム色の線がスッと通っていて引き締まった顔に見えます。オスとメスはほとんど同じ色合いで、見た目で区別することはできません。

写真提供:野口正裕

ヤブサメの外見でいちばん特徴的なのは、やはりプロポーションでしょう。頭でっかちで尾羽がないように見えるアンバランスな体型は、なんだか二頭身アニメキャラのように見え、実に可愛らしいのです。日本の鳥はいろいろいますが、こんなプロポーションの鳥は、なかなか他にいません。

写真提供:野口正裕

さて、ヤブサメという名前を聞くと、走る馬の上から弓矢で的を射貫く「流鏑馬(やぶさめ)」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。私も最初は「きっと何か関係があるに違いない」と思って調べてみました。ところが、これがまったくの別物でした。では、ヤブサメという名前はどこからきたのでしょう。

写真提供:野口正裕

今くらいの季節、ササなどの藪が茂った森の道を歩いていると、「シィシィシィシシシシシ…」とだんだんと尻上がりに強くなる虫のような声が聞こえてきます。実はこれがヤブサメのさえずりなのです。そして、聞こえてくるのは姿の見えない深い藪の中。この声が、まるで笹藪に降り注ぐ小雨の音のようなので、この名前になったという説があります。しがたって漢字では「藪雨」と書きます。それにしてもなんと詩的で美しい命名でしょう。昔の人の感性には本当に感心させられます。

写真提供:野口正裕

こんな素敵な名前は、いったいいつ頃からあるのか気になります。もしかしたら平安時代くらいにさかのぼるのではと調べてみたら、意外なことがわかりました。というのも、ヤブサメという名前が初めて文献に登場したのが、1922年に日本鳥学会が編纂した『日本鳥類目録』で、少なくとも、現在確認できる範囲では、それ以前の文献には見当たらないようです。ということは、この名前が定着したのは、大正時代か、古くても明治時代あたりだった可能性が高いのです。

写真提供:野口正裕

さらに興味深いのは、その目録には「ヤブサメ」と並んで「シオサザイ」という名前も記されていることです。調べてみると、江戸時代にはこちらの名前のほうがポピュラーだったみたいで、ほかにも「しまさざい」、「このはかえし」、「このはとり」、「みちくすべ」などの多くの異名がありました。

写真提供:野口正裕

このシオサザイという名前の由来には、おもしろい説があります。「サザイ」は小さな鳥という意味の名前で、江戸時代では、ミソサザイやカヤクグリなどの小さな鳥をまとめ「サザイ」と呼んでいました。ヤブサメもその中の一つだったのですが、赤褐色の味噌みたいな色の小鳥には「味噌サザイ」と呼び、それに対して「味噌があるなら塩でどうだ」ということで、ヤブサメには「塩サザイ」と呼んだのではいう解釈です。

これが本当だとしたら、なんとも江戸っ子らしい話ですよね。語呂合わせや洒落を好んだ当時の人たちの遊び心が感じられて、私はなんだか愉快な気分になります。そして時代が下るうちに、「シオサザイ」はいつしか「ヤブサメ」という素敵な名前で呼ばれるようになった。そんな名前の移り変わりの歴史も、この小さな鳥には隠されているのです。

写真提供:野口正裕

最後に、名前の由来にもなった、あの虫のようなさえずりについて。ヤブサメの声はかなり周波数が高いため、高音が聞き取りにくい年齢になると聞こえなくなるという問題があります。鳥を調査する人としては深刻な話。ヤブサメがいても記録されないことになるからです。

私の知人にも、「最近どうもヤブサメの声が聞き取りにくい」と感じて耳鼻科で相談した人がいます。するとお医者様からは、「自然の中で鳥の声などを聞くといいですよ」と勧められたと、知人は苦笑いしながら、この話を聞かせてくれました。ヤブサメの声が聞こえるかどうかは、ベテランのバードウォッチャーのあいだでは、わりと定番の話題です。幸いなことに、私はまだちゃんと聞こえています。

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柴田佳秀

科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。

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