稲が色づく頃、一斉に咲き群れるミゾソバ(溝蕎麦)
季節を楽しむ生活に、そっと彩りをくれる花々。このページで紹介する花は、その季節の主役ではないかもしれないけれど、日本の四季がつくる景色に欠かせない大切な存在です。今回は、稲が色づく頃、一斉に咲き群れるミゾソバ(溝蕎麦)です。
(文・文中写真:和暦研究家・高月美樹)
今年も田んぼの畦に、愛らしい金平糖のようなミゾソバが一斉に咲き始めました。
田んぼの周りには春も、夏も、さまざまな花が咲きますが、いちばん圧倒されるのは、稲が色づく頃、このミゾソバ(溝蕎麦)が一斉に咲き群れる光景です。
こんなに愛らしい花なのでもうちょっと可愛い名前にしてほしかったですが、ミゾソバ(溝蕎麦)の名は畑のソバに対して、水湿地の溝に咲くソバという意味で名づけられたようです。花もたしかに遠目には白い蕎麦の花のようでもありますが、ミゾソバはソバ属ではなく、イヌタデ属なので、実際には蕎麦とは別種です。「溝のそばに咲く花」と覚えていただければと思います。
ソバに似た黒い実ができることから、かつては飢饉のときの救荒植物として水田の脇で栽培されたという歴史もありますが、今は人間が食用にすることはなく、実は水鳥たちの食べ物になっています。
春は花。秋は花野の季節。ミゾソバは花野を代表する花です。虚子の句の通り、同じイヌタデ属の赤まんまと一緒に咲いていることが多く、小さいけれど圧倒的な数で咲き乱れ、複雑にミックスされた様子はいかにも日本の秋らしい光景です。
近づいてよくみると、ほのかなピンクと白のグラデーションがなんとも愛らしい花で、金平糖のようにみえるので、コンペイトウグサ(金平糖草)とも呼ばれます。
ミゾソバには他にもたくさんの別名があります。川のそばに咲いているのでカワソバ(川蕎麦)、カワッペ。タソバ(田蕎麦)、カエルグサ(蛙草)、カエルタデ(蛙蓼)は名前の通りで、田んぼのそばに咲いていますし、カエルが見え隠れすることも多い草です。
ハチノジグサ(八字草)は、葉に“八”の字のような黒紫色の斑が入ることがあるため。アカッツラの呼び名は、晩秋になると葉が赤く染まるからと思われます。
またツノのある葉っぱの形が牛の顔のように見えることから、ウシノヒタイ(牛の額)、ベコグサ(牛草)、ギュウメンソウ(牛面草)、ギュウカクソウ(牛革草)などの名もあります。
牛革草は江戸時代の薬草名で、新撰組の土方歳三の実家が宝永年間から250年に渡って製造、販売していた家伝薬、石田散薬(いしださんやく)の原材料として知られています。
実家から歩いて数分のところにあった多摩川の支流、浅川の河川敷で毎年、土用の丑の日に刈り取り、乾燥、黒焼きにした紫色の粉末で、新撰組の常備薬でもあったとか。水ではなく、熱燗の日本酒で服用するという変わった薬だったようです。
民間薬としてはリウマチや打ち身、捻挫に用いられたほか、生葉を揉んだ汁は切り傷の止血に、漆かぶれに効くことからウルシグサとも呼ばれたようです。このように別名が多いものほど、人々に親しまれてきた植物であることの証です。
花や葉は食用できるそうで、茹でたあと水に晒してアク抜きし、おひたしにしたり、天ぷらにしたりできるそうですが、かなり苦味があるようです。
近年はコンクリートの用水路や、護岸されている河川が多くなり、都会ではあまり見られなくなりましたが、かつては日本全国どこでも普通に見られる花でした。色は個体差があり、白だけのものやピンクの強いものがあります。
ミゾソバは一年草で、春にはほとんど目立ちません。夏にかけて地面を静かに匍匐(ほふく)するように枝葉を伸ばし、秋に入ると急に立ち上がって花を咲かせます。花期は長く、虫に来てもらえるように9月から10月末まで、一気に咲かず、少しずつ咲きます。
ミツバチやハナバチ、ハナアブ、チョウなどさまざまな虫に大人気の花なのですが、じつは「地中の花」も咲かせています。自家受粉するため地下茎の先に白いつぼみのような閉鎖花をつけ、地中に確実に種を残し、翌年も同じ場所に咲くという術をもっています。
昔の人が愛しんだミゾソバ。晩秋には葉が黄色や赤に色づいてきますので、それもまた美しく、草紅葉(くさもみじ)を楽しませてくれます。荒地ではなく、水が豊かで日当たりのよい肥沃な場所に咲くので、ミゾソバは土地の豊かさの象徴でもあります。
文責・高月美樹
本文写真・高月美樹