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和暦コラム 6月和暦研究家 高月美樹さんによるコラム

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元来、農業で生活していた日本人にとって、季節は大変重要な情報でした。
このページでは、月や太陽、季節や自然を意識した生活をし、本来日本人が持っている心豊かな気持ちを取り戻すためのヒントをお届けします。

夏至祭

森の妖精たちが登場するシェークスピアの『真夏の夜の夢』が書かれたのは16世紀。日本では真夏と訳されていますが、正確には夏至の夜の夢、ということになります。夏至の日には妖精の力が強まり、豊穣の祝祭が催されるという言い伝えをベースに、妖精が花の汁から作った媚薬によって、夏至の夜に森にでかける恋人たちに混乱を招いていくコミカルなストーリーです。バレエでは次々と登場する妖精たちの、美しい薄い羽のような衣装が印象的です。

ヨーロッパではヨハネ祭として夏至祭が行われ、植物の葉や、美しい花々で飾ることが多いようです。夏至の夜に摘んだ薬草はもっとも効き目が強いとされ、ハーブや薬草摘みの季節でもありました。植物の生命力がもっともみなぎるときに、森に入って自然に親しみ、感謝する日として定着しているようです。とくに夏の日照時間が長く、冬は短くなる北欧では、盛大に夏至を祝います。

しかし日本は、梅雨のさなか。雨のために日照時間は冬よりも短くなるほどで、「梅雨寒」ともいうように気温も低くなり、夏らしい陽射しが戻るのは、梅雨空けになります。そのためか夏至を祀る風習はほとんどありません。ただ、太陽神、天照大神を祀る伊勢の二見浦では、夏至祭があります。夫婦岩の間から朝日が昇るのは夏至の前後、2ヶ月ほどの間です。富士山を背景に、夫婦岩の間から太陽がのぼる神秘的な風景は、江戸時代からしばしば描かれています。朝日に向かって手を合わせ、夕日に向かってまた拝む。太陽信仰は日本のもっとも古い行事の中に残され、夏至に限らず、日常的にあったと考えられています。

かつては夏至から雑節の半夏生(はんげしょう)までが、田植えを終わらせるめやすとされ、農家は忙しい時期でもありました。そのため全国的に、夏至よりも半夏生の方に行事が多く、地方によって、焼サバ、うどん、麦餅、団子などを食べる風習があります。関西では夏至にタコを食べる風習がありますが、これもかつては田植えが終わり次第、食べるところが多かったようです。無事に作業を終えたことをともに喜び、分かち合い、祝う。休息とリクリエーションが行事のはじまりです。


五月雨

五月雨にながめくらせる月なれば さやにも見えず雲がくれつつ 後撰和歌集

五月雨と書いて、さみだれ。サは聖なる、ミダレは水垂れ。旧暦五月は五月雨月(さみだれづき)です。皐月の異名には、雨が多くて月が見えない夜が多いことから月見ず月、白い橘の花が咲くことから橘月(たちばなづき)、田植えの早苗が風になびき始めることから早苗月(さなえづき)などの名があります。モンスーンアジアの極東に位置する日本は、この聖なる水垂れなくしては、稲や作物の順調な成長はのぞめません。今年は全国的な空梅雨が続き、各地のダムの水不足が懸念されています。季節に準じた順当な雨が、私の暮らしの根底を支えてくれている、ということをあらためて感じています。

誰もが知っている芭蕉の句は、梅雨に増水した最上川の速さを詠んだ句です。勢いを増した川のそばに頼りなげに建っている家が二軒、と詠んだのは蕪村。穏やかに始まる梅雨の雨は次第に強くなり、梅雨明けが近くなると雷を伴う激しい豪雨になることから、被害が出ないように願いをこめて「送り梅雨」と呼びます。子規は最上川の圧倒されるような水の豊かさをこんなふうに詠んでいます。

五月雨やあつめて早し最上川 芭蕉
五月雨や大河を前に家二軒 蕪村
ずんずんと夏を流すや最上川 子規

サツキはそろそろ花の見頃を過ぎつつありますが、皐月躑躅(さつきつつじ)の略で、旧暦五月に咲くことからその名があります。近所の公園でこんな解説を見つけました。


十薬

どくだみや真昼の闇に白十字 川端茅舎

十薬の花が盛りを迎えています。子供の頃、北向きのトイレの裏に群生するこの草を、便所草と呼んでいました。子供心に湿った薄暗いところはなんとなく恐ろしく、そこに咲く白い花さえも不気味に感じていたのですが、大人になってみると、太陽を好んで咲く花だけでなく、日陰にひっそりと咲く小さな花にも魅かれるようになりました。

とくに新緑の頃になると陰影のない日向よりも、土の潤ったほの暗い場所に目がいくようになります。緑陰という季語もあるように、数多の命が重なり合い、共生し合う緑の影の中に、夏らしさを感じます。生け花でも夏は花だけを単独で活けることは少なく、緑の葉を添えて水を打ち、重なり、隠れるような野趣と涼しさを重んじます。

さて、この十薬。小さなガラスの小瓶に一輪挿してみると、「ハート形の葉に十字の花」がなんとも愛らしいのです。ハート&クロスです。写真は昨年の今頃お招きいただいた京都の画家のお茶室。すべてが端正な煎茶道具の中で、李朝風の小さな白い壺に活けられた十薬が、目にしみるように美しかったことを思い出します。茶室には臭気を嫌って避ける向きもあるようですが、よほど大量でない限り、匂うということはありません。

十薬は十の薬効を持つとされ、重薬とも書きます。利尿を促し、細菌やウイルスの活動を抑え、便秘、血行不良、冷え性の解消、虫さされ、湿疹、かゆみ、おできの毒出し、傷の止血、皮膚の再生、蓄膿症の改善など。ベトナムでは魚料理に欠かせない香草として使われているようです。ドクダミというと毒草のようなイメージがありますが、語源は毒を溜める、つまり毒を排出する力を持った薬草という意味です。英語ではフィッシュハーブ(fish herb)、ハートリーフ(heartleaf)と呼ばれているようです。

さまざまな効能をもったドクダミは、近所の看護婦さん。癒し草、とでも呼びたくなります。ユキノシタ(虎耳草)と同様、昔は近くに生えている植物こそが、日々の薬でした。あえて人家の近くに植えて、いざというときに使えるようにしてきたのです。今年は猫の額ほどの小さな庭に、ようやく十薬の花が咲いてくれました。葉の採取は、もっとも生命力の強い、今頃がよいようです。早速、摘んで、ドクダミ化粧水を作ることにしました。

道のべにどくだみの花かすかにて 咲きあることをわれは忘れず 斎藤茂吉

栗花落(ついり)

紫陽花がにわかに色づいて、梅雨入りとなりました。日本は、梅の実が黄ばむ頃に雨期を迎えることから、入梅や梅雨という言葉が日常的に使われています。梅雨をつゆと呼ぶようになったのは、江戸時代とか。梅雨から派生した季節の言葉は数多く、最初の頃の雨は「走り梅雨」、新緑にかかる雨は「青梅雨」、なんとなく底冷えがする「梅雨寒」、大きな被害がでないことを願う「送り梅雨」など、さまざまな事象を伝える言葉になっています。

しかし元を辿ってみると、「つゆ」という言葉の語源には、栗の花が関係しているようです。今ちょうど咲いている細くて長い、あの栗の花です。なんとも地味な花ですが、鼻をくすぐるような独特の香りを放つので、どこに咲いているのだろう、と匂いで気づくことも多いのではないでしょうか。

世の人の見つけぬ花や軒の栗 芭蕉
栗の穂のおのおの垂れて月明り 長谷川素逝

昔の人はこの花を、雨期の目安にしていたようです。栗の花が咲き落ちる頃を意味する「栗花落」「墜栗花」を「ついり」と呼んでいたのは、中世の頃に遡ります。その「ついり」が「つゆいり」となり、栗の花から次第に梅の実に変わっていったようです。栗花落、あるいは五月七日と書いて「つゆり」と読む珍しい名字の方もおられるそうです。

薬降る空よとてもに金ならば 一茶

そのほかに日付が特定された雨もあります。旧暦五月五日の雨は「薬降る」といわれ、竹の節に溜まった神水を飲んで、鋭気を養う風習がありました。殺菌作用のある竹筒に溜まった雨です。大気汚染の激しい昨今では、難しくなりましたが、大気の塵や埃を払い、浄化してくれる雨はなんとも有り難いものだとおもいます。虎が雨(とらがあめ)は『曽我物語』に因んだ五月二十八日の雨。仇討ちで亡くなった曽我十郎祐成の命日で、恋人であった虎御前が流す涙の雨とされました。この日は不思議と雨が降ることが多いといわれています。涙雨(なみだあめ)は、誰かの悲しみが涙と化したと思われるような、ほんの少しだけ降る雨。

雨の名前をもう少しあげてみます。じめじめとしてものを腐らせる雨は黴雨(ばいう)。ものがもっとも腐りやすいときに採る梅の実から、もっとも殺菌力の強い梅干しを作る日本のすぐれた食文化を思わずにはいられません。穀物の成長に欠かせない恵みの雨は、瑞雨(ずいう)。広範囲に、同じ強さでしとしと降り続ける長雨は、梅雨特有のもので、地雨(じあめ)といいます。特定の場所や畑などに局地的に降るのは外待雨(ほかちあめ)。青葉にかかり、景色を青く染める翠雨(すいう)。青時雨(あおしぐれ)は、青葉から滴り落ちる雫。見る者の感じ方によって、さまざまに名前を変える雨。明日の雨はどんな雨になるでしょうか。


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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京・荻窪在住。和暦手帳『和暦日々是好日』の制作・発行人。好きな季節は清明と白露。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』婦人画報『和ダイアリー』監修。趣味は群馬県川場村での田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究など。

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