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和暦コラム 8月和暦研究家 高月美樹さんによるコラム

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元来、農業で生活していた日本人にとって、季節は大変重要な情報でした。
このページでは、月や太陽、季節や自然を意識した生活をし、本来日本人が持っている心豊かな気持ちを取り戻すためのヒントをお届けします。

処暑

暑さがおさまって、にわかに朝夕の涼しさを感じるようになりました。夜は肌寒いほどで、急にクーラーが要らなくなって、秋の訪れを感じている方も多いのではないでしょうか。

昼間は暑い日が続きますが、夜の涼やかな虫の音が日増しに高まって、少しずつ衰えていく夏の気配と、成長していく秋の気配が入り交じるこの季節は、少しもの淋しくもあります。ジーッと序奏をつけて、夏を引っ張るかのように鳴き出す法師蝉の声も、ゆるゆると終わりゆく夏の調べ。なにかもったいないような、美しく、貴重な時間が流れているように感じます。

五日ごとの変化を知らせる処暑の七十二候は、初候が「綿の萼ひらく」、次候が「天地の暑さ鎮まる」、末候が「稲の穂が実る」です。8月末になると田んぼは黄金色に変わり始め、実りのときを迎えます。この頃には雷や稲妻が多く発生し、台風の襲来もあります。

稲妻は天の気を大地に降ろす、ダイナミックな放電現象です。江戸時代から、雷が多い年は豊作になるとされてきました。実際に雷は空気中に窒素酸化物を発生させ、雨とともに大地に流れこんで稲や植物の成長を助け、肥料の役目を果たします。椎茸などのキノコ類も、雷に反応して成長するのだそうです。「稲妻」は文字通り、稲の妻。黄金色の秋の実りを祈り、無事な収穫を願う気持ちがこめられた言葉です。

いなづまや秋きぬと目にさやの紋 立圃

麻刈り

春に種を蒔いた麻は、晩夏になると数メートルの高さに成長します。その強い生命力にあやかって、麻の葉文様は産着や子供の着物、女性の襦袢によく用いられてきました。半四郎鹿子(はんしろうかのこ)は、歌舞伎役者五代目、岩井半四郎が八百屋お七を演じたときに着た、斬新な浅黄色の鹿の子絞りの麻の葉文様で、庶民の間で大流行したそうです。

茎からとる麻の繊維は、不思議な金色の輝きを放ちます。麻は絶縁性が高く、昔は雷が鳴ったら蚊帳(かや)に入って身を守ったそうです。現在は紙で作られることが多くなりましたが、神事に使われる幣(ぬさ)も本来は麻の繊維で、結界を作り、場を清めるときに欠かせないものです。万葉集には麻を詠んだ歌が二十八首もあります。

麻衣着ればなつかし紀の國の 妹背の山に麻蒔く吾妹 万葉集

江戸中期に、丈夫で保温性にすぐれた木綿が普及するまで、人々の衣服の中心は麻でした。麻は紅花、藍とともに三草と呼ばれ、かつては全国で栽培されていました。上布(じょうふ)といえば、極細の糸で織られた麻の織物で、幕府に献上される布をでした。越後上布、能登上布、近江上布、宮古上布などがあります。帷子(かたびら)は麻の単衣のことで、ゆかたの語源は、湯上がりに着る湯帷子です。

帷子を真四角にぞきたりけり 小林一茶

日本の麻は大麻と苧麻(ちょま)の2種類があり、苧麻は洗ってもパリッとした張りを保つ布です。大麻布は使いこむと次第に木綿のようにやわらかくなりますが、天然繊維の中でもっとも耐久性があり、ナイロンが登場するまで魚網、釣り糸、凧糸、荷物紐などに使われていたようです。

お盆に炊く迎え火に使われているのは苧殻(おがら)。苧麻から繊維をとった後の茎です。かつては布団にしたり、壁材、箪笥の下に敷いて湿気取りなどに利用されていました。麻の実は、絞って油にする他、江戸時代、蕎麦の薬味として広まった七味唐辛子の原料になりました。七味唐辛子は、両国橋にあった薬問屋が風邪に効く漢方薬を日常食にできないかと考えて編み出したオリジナルブレンドで、現在もなお人気のある大ベストセラーです。

麻の実から採れる油は、αリノレン酸が豊富で、青魚と同様にDHA、EPAがとれる貴重な油として注目されています。肌が乾燥しやすく、喉を傷めやすい秋は、良質の油を摂るのがよいそうです。麻の実がとれて、秋刀魚が出回る初秋。猛暑が始まる頃に夏バテに効く梅干しが完成するように、自然界のめぐりは見事に、その季節に必要なものを与えてくれています。


蜻蛉(とんぼ)

我が家は2週間ほど前から、無数のトンボが飛び交うようになり、少しずつ秋の気配が漂い始めています。俊敏なトンボたちが朝日を受けてキラキラと光る様子は、空の宝石のようです。暑い日中はどこかへ姿を消してしまうので、朝だけの光景ですが、なんともいえない安らかで、平和な気持ちになります。

トンボは神話の時代、秋津(あきつ)といわれ、『古事記』や『日本書紀』では「秋津島」が日本の国土をさす言葉になっています。トンボという呼び名は「飛ぶ穂」からきているという説もあり、トンボのイメージは、太古の時代から水田の広がる豊かな国土や、黄金色に輝く秋の実りと結びついていたのでしょう。日本にはヨーロッパ全土のトンボよりも多くの種類が棲息し、日本の生態系の豊かさを象徴する昆虫です。

とくに赤とんぼと呼ばれるアキアカネは日本固有の在来種で、水田文化とともに育ってきたトンボです。5月から6月頃に羽化しますが、暑い夏の間は気温の低い山地で過ごし、秋になると一斉に水田に戻ってきて産卵します。この赤トンボは近年、農薬などの影響で、急激に減少しているといわれています。

立秋は8月7日。厳しい残暑は立秋を過ぎた頃にやってきますが、よく注意してみると、小さな秋の気配はたくさん見つかることでしょう。盛りを過ぎた夏はどこかもの悲しく、名残り惜しくもあります。

秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行

立秋の日に詠まれた歌です。竹林が突然、ザワザワと揺れる音を想像してみてください。多くの草木が枯れていく中で、竹は秋に青々とした葉を茂らせます。「竹の春」は、秋の季語です。旧暦の七夕は8月13日。七夕は初秋の行事です。夜空を見上げて、星月夜を楽しんでみてはいかがでしょうか。

七夕や秋を定むる夜のはじめ 芭蕉

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高月美樹

和暦研究家・LUNAWORKS代表 
東京・荻窪在住。和暦手帳『和暦日々是好日』の制作・発行人。好きな季節は清明と白露。『にっぽんの七十二候』『癒しの七十ニャ候』『まいにち暦生活』『にっぽんのいろ図鑑』婦人画報『和ダイアリー』監修。趣味は群馬県川場村での田んぼ生活、植物と虫の生態系、ミツバチ研究など。

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