暦生活ではこの度、染織家の吉岡更紗さんに監修していただき、 『源氏物語』に登場する色を身にまとえる靴下"IROAWASE" を作りました。
吉岡更紗さん編著『源氏物語 五十四帖の色』を参考に、十帖を選び十足の靴下に。
この記事では、靴下を作る上で参考にした十帖を一帖ずつ、色に注目して物語とともに「IROAWASE」靴下の魅力をご紹介します。
『源氏物語』とは
平安時代に紫式部によって書かれたとされる、全五十四帖からなる長編小説。
妖しいほど魅力的な主人公・光源氏をめぐる恋愛を中心に、揺れ動く人の心が精緻に綴られています。
季節に合った色とりどりの描写も、『源氏物語』の大きな魅力の一つです。
葵祭と葵の葉
華やかな賀茂の葵祭
源氏の父・桐壺帝は源氏の兄・朱雀帝に譲位し、桐壺院となります。これに伴い、慣習により賀茂の斎院も代替わりすることに。
その禊が賀茂の祭、現代でいう葵祭の前日に行われることとなり、源氏をはじめとした多くの上達部たちが斎院のお供を命ぜられます。
禊の当日、きらびやかに着飾った貴公子たちを一目見ようと沢山の見物人が集まるのでした。
萌え出る葵の色
そんな葵祭の象徴である葵の葉をイメージし、「IROAWASE 葵」は蓼藍・黄蘗で萌え出る色を表現しました。
葵祭の荘厳さや、みずみずしい葵の葉、貴公子たちの若々しさが伝わってくるような色合わせになっています。
IROAWASE葵は青々とした緑が印象的で、色の変化を楽しむために履き口は締まりのある色濃い表現に仕上げました。どの季節にも選びやすい色あわせですが、落ち着いた色のお洋服を選びがちな冬に、ワンポイントとして楽しんでいただきたい一足です。
藤壺宮出家と藤壺宮の装束
桐壺院崩御と藤壺宮の出家
源氏の父・桐壺院が亡くなり、源氏が密かに恋心を寄せていた桐壺院の妻・藤壺宮は出家してしまいます。
出家した藤壺宮のもとを源氏が訪ねると、辺りは「御簾の端、御几帳も青鈍にて、隙々よりほの見えたる薄鈍、梔子の袖口など、なかなかなまめかしう思ひやられたまふ」と、出家した人らしく、調度から衣裳まで地味な色合いでまとめられています。
その様子が源氏にはかえって、優美で奥ゆかしく思われるのでした。
哀しみのうちにも優美をたたえる色
「IROAWASE賢木」は青鈍・淡鈍・赤支子で、出家した藤壺宮の様子を表現しました。
藤壺宮と源氏の悲哀の中にも、どこか奥ゆかしさを感じる色合わせです。
赤支子と青鈍は鮮やかで、現代では明るく楽しい印象を受ける色合わせです。そこに淡鈍を合わせたことで落ち着きのある靴下に仕上げました。デニムからちらっと覗かせるような組み合わせなど楽しんでみてはいかがでしょうか。
須磨隠棲と源氏の装束
須磨隠棲と宰相中将来訪
源氏の父・桐壺院が亡くなり、源氏の兄・朱雀帝の外祖父である右大臣の一族が政治の実権を握るように。
源氏の政界での立場は日を追うごとに危うくなり、自ら都を離れて須磨へ隠棲します。そこへ、親友である宰相中将(かつての頭中将)がはるばる都から訪れます。
源氏は「山がつめきて、ゆるし色の黄がちなるに、青鈍の狩衣、指貫、うちやつれて」と、身分の低い人のように、黄みがかったゆるし色*の上に、青鈍色の狩衣に指貫と質素に身をやつしていました。
宰相中将はそんな源氏の様子を見て、かえって格別に美しいと感じるのでした。
控えめながらも品の良さが覗く色
「IROAWASE須磨」は、ゆるし色と青鈍で、源氏の装束を表現しました。
控えめな装いではあるものの、やはり隠しきれない源氏の品の良さが洩れ出るような色合わせです。
須磨の海を想起させるような鈍色で、源氏が見た景色に想いをはせたくなりますね。
時代の流れによって色の印象や意味が変化していることも楽しむことができるのもIROAWASE須磨のおもしろいポイントだと考えています。
ゆるし色を合わせていることで青鈍の鮮やかさが際立つ、とても可愛らしい印象の一足です。上品に黒やグレーの靴、薄ピンクや白のお洋服と合わせてはいかがでしょうか。
明石の君と恋文の色
明石の君との恋の始まり
源氏は明石に移り住み、やがて美しく気品ある姫君、明石の君と恋に落ち文を交わすように。
明石の君に送る最初の文には「高麗の胡桃色の紙」を選び、朝鮮半島にあった高麗の国から輸入した、高価な紙に恋心をしたためます。
あまりに高貴な源氏に気後れする明石の君に代わって、明石の君の父が陸奥紙にお返事を代筆するのでした。当時、家族や女房が恋文の代筆をするのはよくあることでした。
源氏は優美な薄様を選んで再び文を送ると、今度は明石の君も自ら「浅からずしめたる紫の紙」、濃い紫色の紙を選んでお返事を書くのでした。
想いを託す恋文の色
「IROAWASE明石」は胡桃・紫根で源氏と明石の君が交わした恋文の色を表現しました。
紙にもこだわり大切に想いを届けていた、平安朝の恋人達のたしなみ深さを感じる色合わせです。
肌馴染みの良い胡桃色と品のある濃い紫色の色合わせは、どこか懐かしさを感じる靴下に仕上げました。
どんな季節にも楽しめる一足で、茶系のお洋服で上品に着こなしていただくのもおすすめです。
藤宴と夕霧の装束
夕霧の初恋叶う
源氏と葵の上の長男・夕霧は、従姉である雲居の雁と想い合っていましたが、雲居の雁の父・内大臣になかなか二人の仲を認めてもらえず、辛い日々を過ごしていました。
藤裏葉ではとうとう二人の結婚が許され、夕霧は内大臣邸で行われる藤の宴に招かれます。その日の夜、光源氏は夕霧の服装を見て「直衣こそあまり濃くて、軽びためれ。非参議のほど、何となき若人こそ、二藍はよけれ、ひき繕はむや」と告げます。
二藍は、蓼藍と紅花をかけあわせて作られる紫系の色で、青と赤の匙加減によって様々な色合いの紫になります。赤みの強い二藍の直衣を着ていた夕霧に、光源氏はそれでは身分が軽く見えるから大人っぽくして行きなさいと、青みの強い二藍の直衣を与えたのでした。夕霧は光源氏からもらった二藍の直衣に、丁字で染めた袿を着て藤の宴に赴きます。
華やぐ藤の宴の色
「IROAWASE藤裏葉」は二藍と丁字で、夕霧の装束の色を表現しました。
長年恋焦がれていた相手との結婚がようやく叶い、めかしこんで会いに行く夕霧の心のときめきが伝わってくるかのような色合わせです。
凛とした紫が印象的な一足です。履き口は華やかな薄紫、かかととつま先には柔らかく優しい丁字の色を表現しました。三色が合わさることで強さの中に優しさを感じる色合わせに仕上げました。可愛らしいカジュアルなお洋服でも、上品なスカートやワンピースでも楽しんでいただけます。
柏木と女三の宮の衣裳
柏木、女三の宮を垣間見る
源氏の兄・朱雀院は出家したものの、幼さの残る娘・女三の宮の将来を案じ、源氏に降嫁させることにしました。女三の宮は源氏の住む六条院で暮らしますが、ある日猫のいたずらによって、かつての頭中将の息子・柏木に垣間見られてしまいます。
その時、女三の宮の着ていた衣裳は、「紅梅にやあらむ、濃き薄き、すぎすぎに、あまさかさなりたるけぢめはなやかに」と、紅梅襲の濃い色から薄い色に重なって、袖口や裾が華やかなものでした。美しい女三の宮を見てしまった柏木は、その後道ならぬ恋に苦しむことになります。
甘酸っぱい一目惚れの色
「IROAWASE 若菜」は紅梅で女三の宮の華やかな衣裳を表現しました。
華々しく、柏木が一目惚れしてしまうのも無理はないと思われるような可憐な色合わせです。
つま先の紅梅の色が 無邪気で可愛らしく、靴を脱ぐのが楽しくなる一足です。
黒や白の靴との相性がよく、明るい気持ちにさせてくれる色合わせに仕上がりました。
宇治の姫君と中君の衣裳
薫と宇治の姫君
女三の宮と柏木の不義の子・薫は、宇治に住む源氏の異母弟・八宮を訪ねます。仏道への造詣が深い八宮に惹かれ、薫は宇治に通うように。
そのうちに、ある日八宮の二人の姫君、大君と中君を垣間見てしまいます。秋が深まっていくころ、琵琶と箏の琴を奏でる姫君に、薫は心惹かれてゆくのでした。
国宝「源氏物語絵巻 橋姫」(徳川美術館蔵)には、秋らしい襲の衣裳を身にまとった姫君たちの様子が描かれています。
落ち葉舞う秋の色
「IROAWASE 橋姫」は源氏物語絵巻を参考に、朽葉・黄朽葉・黄橡で、中君の朽葉の襲を表現しました。古の人々は朽葉の色にも細やかな違いを見つけ、秋の美を見出しました。秋らしさ溢れる、繊細な感性の光る色合わせです。
落ち着いた朽葉の色で深みと温かみを感じる色合わせに仕上げました。スニーカーでアクティブなイメージに、革靴でシックに合わせることもできる万能な一足です。
八宮他界と中君の装束
八宮他界
さらに季節が巡り、秋のはじまりのころ、八宮は姫君達の後見を薫に託して他界します。薫は八宮の遺言通り何度も宇治を訪ね、細やかに姫君たちの面倒を見ます。
夏になったある日、薫が姫君たちを垣間見ると、大君は「黒き袷一襲、同じやうなる色あひを着たまへれど」と、中君は「濃き鈍色の単に萱草の袴」という姿でした。
父・八宮の喪に服すため、大君は同じような色合いの黒い服、中君は濃い鈍色の単に萱草色の袴を身にまとっていたのです。
哀しみを宿す落ち着いた色
「IROAWASE 椎本」では鈍色と萱草色で、中君の装束を表現しました。大切な人を喪った哀しみが心に沈み込むような、落ち着いた色合わせです。
平安時代では特別な色として選ばれていた鈍色ですが、現代には普段でも着用する色として変化しています。
上品な色合いが強さと冷静さを感じる大人な一足です。今ではどんな服装にも合わせやすい万能な色として楽しむことができます。
浮舟失踪と匂宮の装束
浮舟をめぐる貴公子達
宇治の大君・中君には、異母妹・浮舟がいました。美しくたおやかな浮舟に、薫と匂宮(明石の姫君の産んだ皇子)は執心します。二人の貴公子の間で板挟みとなり思いつめた浮舟は、入水を決心し失踪してしまいます。遺骸も見つからないまま葬儀が行われ、四十九日の法要も終えたある日、薫は匂宮に会います。
匂宮の様子を見ると、恋敵ではあったけれども、「丁字に深く染めたる薄物の単を、こまやかなる直衣に着たまへる、いとこのましげなり」と、丁字で濃く染めた薄物の単を濃い色の直衣の下に着ていて、とても趣味が良いと思うのでした。
気品漂う貴公子の色
「IROAWASE 蜻蛉」は、そんな匂宮の装束を丁字と濃縹で表現しました。薫も認めただけのことはある、貴公子らしい趣味の良い色合わせです。
履き口のはっきりとした濃縹が印象的なカジュアルな服装に合わせやすい一足に仕上げました。全体的にバランスの良い色合わせなので、プレゼントにも選びやすいですね。
物語の終わりと滅紫
紫の物語の終わり
入水を試みたものの、実は生きていた浮舟。薫はその事実を知り、浮舟の弟・小君に手紙を託し届けさせますが、浮舟は小君に会おうとせず、返事もありませんでした。
浮舟は「昔のこと思ひ出づれど、さらにおぼゆることなく、あやしう、いかなりける夢にかとのみ、心も得ずなむ」と、昔のことは夢のようで、何も思い出すことが出来ないと語るのでした。
物語は薫が浮舟を思い、心乱れる場面で幕を下ろします。
『源氏物語』は、「紫のゆかりのものがたり」とも呼ばれ、物語全体を通して、藤壺の宮や紫の上といった登場人物や、衣裳の色、恋文の色など、紫色と深く結びついている物語です。
紫の物語の終わりの色
「IROAWASE 夢浮橋」では滅紫(けしむらさき)、紫から華やかさをすべて取り去った、紫が消えかかったようなしぶい紫色で、紫の物語の終わりを表現しました。物語は終わったものの、薫や浮舟の愁いがいつまでも尾を引くかのような、ほろ苦い色合わせです。
全体を物足りなさのない気品のある紫に仕上げるため、色濃い部分は履き口に、色薄くどこか儚さを感じる薄紫の部分はつま先にあしらいました。源氏物語の全てが詰まった色合わせになっていますので、物語を思い出し、また読みたくなる一足になりました。シックで大人っぽいお洋服と合わせてみてはいかがでしょうか。
監修:吉岡更紗 よしおかさらさ
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
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源氏物語 IROAWASE 靴下
染織家 吉岡更紗さんに監修していただき、『源氏物語』に登場する色合わせ10色を「靴下」で表現しました。『源氏物語』の色とりどりのシーンを集めたこだわりの靴下です。
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