「半夏生(はんげしょう)」は七十二候の「半夏生ず」であると同時に、農事と深く結びついた日本独自の「雑節」として古くから大切にされてきました。半夏生は夏至から数えて十一日目、太陽が黄経100度に達する頃で、毎年7月2日頃にあたります。
労をねぎらい、休息する日
「半夏生」は農家にとっては春から始まった農作業がひと通り終わり、ちょうど一区切りの安堵の時期。「半夏生」には昔から休息をとる風習があり、古くから「この日までに田植えを終えよ」「畑仕事を終えよ」とされ、農作業の大切な目安とされてきました。

「天から毒気が降る」「井戸に蓋をして水を汲まない」「野菜を採らない」などの戒めが各地に伝えられていることから、農作業を休み、身体を労る日になっていたと考えられています。「〜してはいけない」などの禁忌や忌み日は縁起が悪いのではなく、無理をせず、小休止させる意味合いが強いものです。
ちょうど疲れが出てくる梅雨のさなか。「半夏生」は「身体を労る日」として覚えていただければと思います。
食養生の日
「半夏生」には、各地でさまざまな食の風習も残っています。関西ではタコを食べる習慣があります。稲の根が四方八方にしっかり張るようにとの願いが込められているとか。タウリン豊富なタコはまさに疲労回復にぴったりです。特にこの時期のマダコは麦藁蛸と呼ばれ、やわらかくて味が良くなっています。

また香川県では「うどんの日」とされ、ちょうど麦の収穫も終わることから農作業の労をねぎらって、うどんをふるまう風習が定着しています。ほかに焼き鯖や、もち米と小麦をまぜた小麦餅を食べる地域もあります。
日照不足になりがちな梅雨どきは太陽の光をたっぷり浴びた干し椎茸や高野豆腐、ひじきなどの乾物類をとることで太陽のエネルギーが補われ、身体がととのいます。雨の日こそ、滋味のあるおいしい食事を楽しみましょう。
半夏雨と送り梅雨
「半夏生」は梅雨がいよいよ後半に入ったことを知らせる雑節でもあります。この頃から大雨になることが多くなってくるので「半夏雨(はんげあめ)」、時に洪水をもたらすことから「半夏水(はんげみず)」とも呼ばれてきました。

日本の梅雨はしとしとと優しく始まりますが、末期になるにつれ次第に激しくなり、時に大きな災害を引き起こします。「送り梅雨」という言葉は大過なく無事に去ってほしいという願いをこめた言葉です。
烏の柄杓
半夏(はんげ)とはカラスビシャク(烏柄杓)のことで、古くから乾燥させた根茎が生薬として用いられてきたサトイモ科の植物。現在も漢方に使われています。
この季節、畦や畑に仏炎苞がにょきにょきと伸びてくるので、季節のわかりやすい目安になります。仏炎苞に隠された肉穂花序からは長い舌状の突起が突き出し、緑のろうそくのような独特の姿は草地の中でもよく目立ちます。うちの田んぼの畦にも毎年、生えてくるので、なんとなく楽しみにしています。

人間が使うには小さすぎますが、カラスが使うにはちょうどよい柄杓という見立てからカラスビシャクという名になっていますが、ほかに「カラスノオキュウ(烏のお灸)」、「キツネノロウソク(狐の蝋燭)」、「ヘビノマクラ(蛇の枕)」などさまざまな別名があり、昔の人々にとって身近な植物であったことがわかります。またこの根茎を掘って薬屋に売れば、農家の女性たちのよい小遣い稼ぎになったことから「ヘソクリ」とも呼ばれてきました。
カラスビシャクは受粉方法も巧妙で、仏炎苞にハエを誘い込み、内部で花粉を付着させた後、小さな脱出口を用意してハエを外へ逃すことで受粉します。
半夏と半夏生
一方、半夏生という言葉を耳にすると、もうひとつ思い浮かぶ植物があります。カラスビシャクの生薬名は「半夏」で、夏の半ばに花が咲き、その頃に採取できることからついた名で、雑節や七十二候の「半夏生」は「半夏が生じる」という意味ですが、ドクダミ科のハンゲショウ(半夏生)は全く別種の植物ながら、ちょうど同じ時期に咲くため、混同されがちです。

ハンゲショウは白い花が咲き始める頃、葉の上部が純白に変わり、まるでお化粧を施したように見えることから「半化粧」または「片白草」とも呼ばれます。緑と白のコントラストが涼やかで、楚々とした野の花です。葉が白くなるのは虫を誘うためで、受粉を終えると緑に戻る植物の戦略には驚かされます。
夏の半ばに生えてくる不思議な仏炎苞、白く化粧する葉、そして梅雨の静かな雨音。都会の暮らしでは見過ごされがちな半夏生ですが、「半夏生」は自然と共に生きる日本人の繊細な感性が静かに息づく暦日です。
文責・高月美樹
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