こんにちは。巫女ライターの紺野うみです。
令和7(2025)年の8月15日は、終戦から80年を迎える日。
この日をもって80年間、私たちの日本は、他国との戦争を知らない国家になりました。
昭和20(1945)年の8月15日、当時の天皇陛下によって、太平洋戦争終戦の詔書(しょうしょ)が日本国民にラジオ放送で伝えられました。
世界的には、日本が降伏文書に調印した日である同年の9月2日が「終戦の日」とされていますが、我が国における「終戦の日」はやはり、昭和天皇から国民に向けて玉音放送が行われた8月15日ではないでしょうか。
令和の世を遡り、平成時代、さらに昭和時代……。
戦前・戦中を生きてきた人々も少なくなり、戦争の記憶を自らの実体験として胸に持っておられる方は、どれくらいになったでしょうか。
戦争の記憶を「語り部」として、後世を生きる私たちに聞かせてくださる活動をされている方もいらっしゃいますが、自らの「辛く苦しい記憶」というものは、言葉にして、口に出して話すことも身を切るように辛く苦しいものでしょう。
どれほど時が経っても、思い出せば今でも心の傷から血が滲んできて、できれば胸の奥深くに鍵をかけて忘れ去ってしまいたいような経験も、きっとあの時代を生きた多くの方が胸に秘めているに違いありません。
それでも、戦争のない平和な世の中がどれほどかけがえのないものなのかを伝えようと、未来を生きる人に届くように、今もなお平和への願いを語り続けてくれている人がいるのです。
頭の中では戦争がいかに悲惨でよくないものであるかと理解していても、それが「どのように」自分の日々の暮らし、ひいては人生に影響してくるのか、想像してみたことがありますか?
日常にまで侵食した戦いの傷によって実際に痛みを背負いながらも、戦禍を生き抜いた人からしか受け取ることのできないバトンがある、と私は思うのです。
戦争を知らない私たちにできることは、その経験や痛みを知って、自分のことのように「想像する」ということ。
その想像力こそが、悲惨な歴史を決して繰り返さないための抑止力につながっていくのではないでしょうか。
誰にも間違いなく共通している事実は、自分のご先祖様も、確実にあの時代を生きていたということ。
どこで、どんな気持ちで、どんな風に生きていたのか。
もしかしたら、かけがえのない大切な人を戦いによって失ったのかもしれない。
ひもじく、さみしく、苦しい想いをしてきたのかもしれない。
果たして、自分の曾祖父母、祖父母から見た「戦争」はどうだったのか。
もし、自分の父母が「戦争」を経験していたなら。
自分自身が、そして自分の子どもや孫たちが、何らかの形で「戦争」を経験することになってしまったとしたら……。
人として生きる上で大切な要素は数多くあるものですが、「想像力」はその最たるもののひとつ。
自分以外の人の心を、想いを、経験を、背景を、歴史を想像する力です。
そして、悲惨な歴史を繰り返さないためにはどうすればよいのか、ひとりひとりが考える知恵も必要です。
自分自身や大切な人の命を、尊厳を、私たちは守らなくてはいけません。
「終戦の日」にこそ、この世にまたたく平和への祈りを拾い集めて、自分事として想像してみてください。
誰もが心も体も健やかに、自分らしく輝く人生を送ることができる、平和な世の中でありますように。

紺野うみ
巫女ライター・神職見習い
東京出身、東京在住。好きな季節は、春。生き物たちが元気に動き出す、希望の季節。好きなことは、ものを書くこと、神社めぐり、自然散策。専門分野は神社・神道・生き方・心・自己分析に関する執筆活動。平日はライター、休日は巫女として神社で奉職中。
