12月になると、年の瀬ならではの独特な雰囲気が漂います。
仕事納めに大掃除、お正月の準備と、なにかと忙しない日々が続きます。
そんななかでも、ふと「立ち止まる」ことの大切さを実感するようになりました。
忙しいと呼吸も浅くなっていつの間にか、周りが見えなくなってしまいがち。そんなときこそ、自然や季節を感じる行事に触れてみるのもいいなぁと思います。
冬枯れの景色を眺めてみたり、年末の行事に足を運んでみたり。実際に体験ができなくても、こうして暦生活のウェブサイトをひらいて、情報に触れるだけでもいいと思います。自分よりもはるかに大きくて、ずっと変わらない「普遍的な存在」に思いを寄せてみる。すると、じたばたしていた自分から少し離れて、心に隙間が生まれるような気がするのです。
私は、関東から奈良県に移住しました。移住してから特に、これらをより実感するようになりました。自然も歴史も、ほどよい距離感で側にいてくれる。息が詰まりそうでも、ハッとさせてくれるものが近くにあるのはありがたいことだと思います。
12月15~18日に行われる「春日若宮おん祭」も、そんな行事のひとつです。
「春日若宮おん祭」は、世界文化遺産・春日大社の境内にある若宮神社の祭礼で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。1年に1度、春日大社の摂社である春日若宮より御旅所へ「若宮神」をお迎えし、24時間にわたって様々な芸能を捧げる祭礼です。
その歴史は古く、平安末期の保延元(1135)年。長年の大雨や洪水で飢饉が相次ぎ、疫病が広がった年、当時の関白・藤原忠道が人々を救うため、若宮様に強いご加護を願い、現在の地に若宮神社を造営しました。翌年には、五穀豊穣や国民安寧を祈って祭礼を奉仕したのが「春日若宮おん祭」のはじまりだと言われています。
それから雨は止み豊作となり、大和一国で盛大に行われるようになりました。一度も途切れることなく続き、今年で890回目を迎えます。
890回も続いているなんて...ほんとすごいですよね。
すべては「願い」からはじまったことからも、この祭礼の切実さが伝わってくるようです。
さて、実際の「春日若宮おん祭」には見どころがたくさんありますが、なかでも代表的な4つをご紹介します。
まず、17日深夜0時過ぎに行われる「遷幸の儀(せんこうのぎ)」。
手に榊の枝を持った多くの神職が若宮様をとり囲み、お守りしながら若宮様を御本殿から御旅所の行宮(あんぐう)へとお遷しする儀式です。
同日に行われる華やかな行列「お渡り式」では、行宮へ遷られた若宮様のもとへ、平安時代の装束を着た1000人規模の人々や、50頭ほどの馬が参勤します。関西でも有数の規模を誇る時代行列として有名です。
午後2時半から午後10時半ごろまで行われる「お旅所祭(おたびしょさい)」では、御旅所にて、神楽・田楽・細男・猿楽(能楽)・舞楽などの日本を代表する古典芸能が連続して奉納されます。
そして最後の「還幸の儀(かんこうのぎ)」で、18日の0時までに若宮様は御旅所から御本殿に戻られます。
私は昨年、初めて「遷幸の儀」に参列しました。
深夜、春日大社の参道を歩いて、行列の最後尾へ。
参道の灯りはすべて消され、懐中電灯も使用できないのであたりは真っ暗。
月が妙に明るい夜でしたが、儀式がはじまる直前に、月をおおっていた雲がスッと消えて、さらに明るくなったような気がしました。
やがて大松明やお香で道が清められ、「ヲー、ヲー」という低い声とともに榊の枝を持った神職が通り、楽人たちによる雅楽が響きわたります。私たち参列者は頭を下げて、若宮様が通り過ぎるのを、静かに待ちました。「ヲー」という声の唸り、雅楽の音色が身体中に響いて、まるで嵐のなかにいたかのような臨場感。呆然として、しばらくその場から離れられなくなったほど強烈な体験でした。
そのあとで、不思議と感謝の気持ちがじわじわと溢れてきました。
この儀式を長く守り続けてきた人々や、若宮様のお力、そのすべてのおかげで「ここに立っている」と思えたからです。
そうして、自分を超えた大きな存在にひととき身を委ねてみると、身体がふっと軽くなる瞬間があります。きっと昔の人々も、同じように願いを託したのかもしれません。
今年も「春日若宮おん祭」とともに、静かに心を整え、一年を締めくくりたいと思います。

高根恭子
うつわ屋店主
神奈川県出身、2019年に奈良市へ移住。
好きな季節は、春。梅や桜が咲いて外を散歩するのが楽しくなることと、誕生日が3月なので、毎年春を迎えることがうれしくて待ち遠しいです。奈良県生駒市高山町で「暮らしとうつわのお店 草々」をやっています。好きなものは、うつわ集め、あんこ(特に豆大福!)です。畑で野菜を育てています。
