ホワイトデーはバレンタインデーのお返しをする日としてつくられた日本発祥の記念日です。バレンタインデーがそもそも女性から男性に贈り物をする日であるのに対し、ホワイトデーはその返礼として男性から女性に物を贈る日とされています。福岡市の石村萬盛堂が1977年にはじめた「マシュマロデー」が発端とされ、マシュマロにちなんでホワイトデーと命名されました。日にちはバレンタインデーの1ヵ月後、すなわち3月14日です。
ホワイトデーの贈り物は定番のマシュマロ以外にも、クッキーや花柄のハンカチ、はたまた「逆チョコ」やお花など、企業はあの手この手で企画・販売につとめています。関西のある百貨店では売り場に縁結びのミニ神社を設け、ホワイトデーには「愛を固める祈祷式」を無料でおこない、祈祷済みのチョコレートを小石形のパッケージに入れ、小石(恋し)チョコレートとして売りさばいたそうです。
バレンタインデーもホワイトデーも日本では新しい習俗です。それを仕掛けたのは広い意味での洋菓子業界と小売業界ですが、その背景となる日本独特の伝統文化を無視するわけにはいきません。贈り物にはお返しをするという贈答文化です。
贈答文化は世界一様ではありません。国や地域により、また宗教や民族のちがいによって大きな差異があります。文化人類学ではフランスのマルセル・モースを先駆けとして世界各地の情報を集積してきましたし、日本民俗学でも柳田国男を筆頭に全国の事例に関心を寄せてきました。それらを統合し総合化するプロジェクトが1970年代後半に国立民族学博物館(通称:民博)で立ち上がりました。その成果は伊藤幹治・栗田靖之編『日本人の贈答』(ミネルヴァ書房、1984年)として刊行されています。
編者のひとりである伊藤幹治はその後も研究を続け、一般向けに『贈答の日本文化』(筑摩書房、2011年)を執筆し、バレンタインデーとホワイトデーについても一節を割き、「仕掛けられた交換」として論述しています。その主たる論点は、両者を企業という「仕掛け人」によって意識的に操作され、創案された現代日本文化を象徴する習俗としてとらえることです。そしてホワイトデーを、返礼の期待と返礼の義務という互酬性の原理を活用した企業側の巧妙な戦略として位置づけることでした。近世以来の日本文化に深く根をおろしている「義理」という社会規範に注目し、企業は返礼の義務という互酬性を上手に活用しているとする見方です。
ユダヤ・キリスト教の世界では贈与はふつう「無償」の行為ですが、日本ではなにがしかの「返礼」をともなう贈答の習俗として定着しています。お中元やお歳暮という季節的なものも、突発的な香典や香典返しにおいても、贈り物をやりとりする交換の機会となっています。実は贈答文化には二つの原理、すなわち均衡原理と競合原理がはたらいています。贈る側と受け取る側の均衡を保とうとする原理と、贈り物を競い合って優位に立とうとする原理です。ホワイトデーの創出には前者の均衡原理が強く作用しているとみれば、おおかた納得できるのではないでしょうか。

中牧弘允
文化人類学者・日本カレンダー暦文化振興協会理事長
長野県出身、大阪府在住。北信濃の雪国育ちですが、熱帯アマゾンも経験し、いまは寒からず、暑からずの季節が好きと言えば好きです。宗教人類学、経営人類学、ブラジル研究、カレンダー研究などに従事し、現在は吹田市立博物館の特別館長をしています。著書に『カレンダーから世界を見る』(白水社)、『世界をよみとく「暦」の不思議』(イースト・プレス)、『こよみの学校』全5巻(つくばね舎)、編書に『世界の暦文化事典』(丸善出版)など多数。
