染織家の吉岡更紗です。朱色、紅、古代紫、葡萄色、藍色、萌黄色…日本では様々な美しい色の名前がつけられてきました。今回は、「甕覗(かめのぞき)」についてご紹介致します。
7月に入ると染司よしおかでは、染料となる植物の収穫がはじまります。紅花の花が開花すると摘みに向かい、梅雨の水分をたっぷり吸った黄檗の皮剥きにお邪魔させて頂き、それがひと段落すると、藍が大きく成長する頃になります。京都は丁度祇園祭真っただ中なのですが、前祭巡行が行われる17日には紅花収穫がひと段落していて、そろそろ藍畑へ…という調子で真夏を迎えます。
この季節、私自身も藍色系の涼やかな色目に惹かれるのですが、お客様も同じ気分になっていらっしゃるのか、藍染商品のご注文が極端に増えるのが、夏の風物詩のようになっています。
藍染の材料となる蓼藍(たであい)は、工房の近くにある山田ファームさんに毎年栽培をお願いしています。かつては巨椋池(おぐらけ)という湖といってもいいほどの大きな池だった場所ですが、昭和のはじめから干拓されて広大な田畑となり、お米や野菜などを栽培されるようになった一角にあります。
染司よしおかでは、こちらで栽培して頂いた蓼藍を刈り取り、「藍」の回でご紹介した通りの方法で、沈殿藍をつくります。沈殿藍の他に、徳島県や兵庫県で作られている「蒅(すくも)」も使っていて、これらをそれぞれ木灰からとった灰汁と共に藍甕(あいがめ)に入れて十日ほど置き、そこにふすまをいれると発酵が進み、藍染めが出来る状態となります。
藍で染められた色の名は、納戸色、紺色、縹色(はなだいろ)など濃いものから、空色、浅葱色、水色など淡く白に近いものまで、実に様々な名前がたくさん付けられています。その中できわめて淡いものが「甕覗」と呼ばれる色です。
発酵が進み、藍甕の調子がよくなると、藍の色はより濃く染まるようになります。濃い藍色を得ようとすると、調子のよい甕を選んで、何度か繰り返して糸や布を染めますが、甕覗は、藍が建ちはじめた頃に1度だけ藍甕にさっとくぐらせることによって得られる、淡い澄んだ爽やかな色です。
この名前の由来は、2つ説があると言われています。1つは、蒅と灰汁(あく)を入れて発酵した状態で満たされている甕を覗き見ると、甕の表面に空の色が映っているようにみえるから、というものです。
そして、もう1つは、藍甕の中に数秒布をつけて取り出した色で、つまり布が甕の中をほんのちょっと覗いただけで生まれた色という意味合いが含まれています。藍甕の調子を覗くという意味も含まれているのでしょうか。日本人らしい遊び心の溢れる名前の付け方であると思います。
「覗き色」とも言われていて、ほんの少ししか染まっていないのに、藍の色が感じられるのですが、その中にも濁りなく、澄んだ色に染められるのが染屋の腕の見せ所でもあります。
写真提供:紫紅社

吉岡更紗
染織家・染司よしおか6代目
京都市生まれ、京都市在住。紫根、紅花、藍などすべて自然界に存在する染料で古法に倣い染織を行う「染司よしおか」の6代目。東大寺二月堂修二会や薬師寺花会式など古社寺の行事に染和紙を納める仕事もしているため、冬から春にかけてが一番好きな季節。美しい日本の色を生み出すために、日々研鑽を積む。
