こんにちは。ライターで僧侶の小島杏子です。
寒さが緩み、畑の土からは春のほくほくした香りが漂ってくるこの頃。スーパーに並ぶ春の野菜たちも心なしか緑が瑞々しいような気がしてきます。そんな季節の食材のひとつ「ニラ」が今回のテーマです。
ニラはユリ科の多年草で、主に葉を食用とします。春に向けて美味しく育つ野菜で、葉のあとには白く愛らしい花が咲きます。
このニラという植物、仏教や道教では食べるのを避ける食材だということ、ご存知ですか?
これは五辛といって、辛みや臭いの強い5種の植物を避ける習わしによるものです。五辛は仏教だけではなく道教にも存在しますが、どの植物を五辛とするのかには違いがあります。仏教ではニラのほかに、にんにく、のびる、ねぎ、らっきょうの5つを含みます。辞書によってはのびるではなく玉ねぎやショウガが数えられているものもありますが、いずれもこれらが禁じられている理由は「色欲や怒りの心を呼び起こすから」なのだと伝えられています。ただし、病気の際の薬用としての使用など食すことが許される場合もあったといいます。
精進料理というと、「植物のみの食事」というイメージをお持ちの方にとっては、五辛は少し意外な習わしかもしれませんね。
ところで、みなさんは精進料理を食べたことはありますか?それはどんな料理でしたか?
辞書に載っているところの精進料理とは「宗教上の理由から発達した野菜・海草を主体とする料理(国史大事典)」であり「魚肉など、なまぐさものを避けた、野菜・海藻などだけを材料にした料理(仏教語大事典)」です。
もちろんその通りなのですが、もう少し私たちの生活と心に引きつけて捉えてみるとどうでしょうか。私は精進料理と聞くと、いつも思い出すことがあります。それは十代のころ、父が私に投げかけた問いでした。
なんの拍子にだったか、父が私に尋ねたのです。「精進料理と野菜料理の違いって何だと思う?」と。「よくわからない」と答えた私に、父は「どういう心持ちで食べるかだよ」と言ったのです。
厳格に材料を選び抜き、美しく盛られた精進料理であっても、そこに自己を問う気持ち、いのちを見据える眼差しがなければそれはただの野菜料理に過ぎない。一方、たとえば暮らし慣れた家の台所に腰掛けて、大切な人を失った事実に向き合いながらかじる食パン、これは精進料理と言っても良いのではないかと思う。そのようなことを父は言っていました。少し極端な言い方をした例ではありますが。
当時は「気持ちがあるかどうかなんて、曖昧ではないか?」と思いました。でも、今になって思うのは「曖昧であるからこそ、問いつづけることに意味があるのかもしれない」ということです。私という人間の心は非常にうつろいやすく、ひとところに定まることがありません。だからこそ、食事という欠かすことのできない日々の営みを通して、考え続けることが必要なのでしょう。
とはいえ、毎日毎日そんな心持ちで食事ができるわけではありません。それは僧侶だって同じ。でも時々は思い出してみようと心がけています。自分がなぜ今これを食べようとしているのか、この食事のうしろにはどのようないのちが連なっているのか。
いのちの芽吹きを感じられるこの季節、自分と食事の関係についてのんびり考えてみてもいいかもしれませんね。
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