こんにちは。俳人の森乃おとです。
立秋を過ぎ、まだ暑さは残っているものの、澄んだ空に秋の気配が感じられるようになりました。今回は花野を彩る「秋の七草」のうち、出会える機会がめっきり少なくなったオミナエシ(女郎花)を取り上げます。
秋の七草の一つ
秋の七草は、奈良時代の『万葉集』に収録された山上憶良(やまのうえの・おくら)による次の2首の歌によって広まりました。
このうち、「尾花」はススキのこと。「朝貌」は現在のアサガオではなくて、キキョウを指します。
マメ科のハギとクズ、それにススキは今でもあちこちに生えており、ナデシコも園芸植物として人気があります。ところが、オミナエシとフジバカマとキキョウは生育数が激減し、環境省が作成したレッドデータブックでは、準絶滅危惧種に指定されています。
オミナエシは、オミナエシ科オミナエシ属の多年草で、日本原産。日本全土の日当たりの良い山地や草原に自生します。草丈は60~100㎝と大きく、8~10月に枝分かれした花茎の先端に、黄色い小花を平らな散房状に多数つけます。小花は長さ3~4mmの筒状の合弁花で、まるでアワ(粟)の実をびっしりつけたような印象になります。ちょうど前回、アワは、エノコログサを品種改良した穀物だということをご紹介したばかりです。
万葉の時代にとても愛された黄色い花
さて、最近は見たことがないという人も増えているだろうオミナエシですが、古代にはなかなか人気の花でした。何しろ万葉集に詠まれた回数が14首で2位(首位は、ナデシコで26首)。「おみな」とは若い女性に対する敬称で、「女郎」という漢字を当てていても、別に遊女を意味しているわけではありません。
歌意は「手に取ると袖さえ美しく染まりそうな女郎花が、この白露に散ってしまうのが惜しいことです」。
万葉集では、オミナエシは若い清純な女性をイメージさせます。しかし、平安時代の『源氏物語』や『古今和歌集』になると、「女郎」という漢字表記の影響を受けたのか、次第にエロティックな印象が強まります。
『源氏物語』の中で紫式部が詠んだ「花といへば 名こそあだなれ 女郎花 なべての露に 乱れやはする」は、「女郎花の花は名前のせいで誤解されがちですが、誰にでもなびくわけではありません」が歌意。
『古今和歌集』の「名に愛でて 折れるばかりぞ 女郎花 我落ちにきと 人に語るな」という僧正遍昭の歌は、「名前がめでたいので折っただけだぞ 女郎花よ。私が陥落したとは人に語るな」と弁明しています。
同属種にはオトコエシ(男郎花)も
オミナエシの同属種にオトコエシ(男郎花)という花があります。姿形はよく似ていますが、花の色は白で、オミナエシよりもたくましい印象を与えます。
それにしても「オミナエシ」と「オトコエシ」という名前がどうして生まれたのか。いくつかの説がありますが、まだ定説はありません。
その一つは、オミナエシの黄色い小花が、女性の食べ物とされた粟飯(あわめし)を思わせたので「女飯(おみなめし)」と呼んだというもの。それがなまって「オミナエシ」に。オトコエシの白い花は男の食べ物である「白米」に似ているので「男飯(おとこめし)」と呼ばれ、なまって「オトコエシ」になったとか。
もう一つの説は、「エシ」は「圧倒する」という意味の古語「圧(へ)し」に由来し、オミナエシには女を圧倒する女らしさがあり、オトコエシは男を圧倒する男らしさを感じさせるからだそうです。
花言葉は「美人」「はかない恋」「親切」
ところで、オミナエシとオトコエシの花には、腐敗した味噌のような特有の臭いがあります。そのため中国名は「敗醤(はいしょう)」。漢方の生薬名でもあり、解毒・清熱・血の滞りの改善に使われます。その「はいしょう」がなまって「へし→えし」になったといいます。
オミナエシの花言葉は「美人」「はかない恋」「親切」。オトコエシは「野性味」です。
オミナエシ(女郎花)
学名Patrinia scabiosifolia オミナエシ科オミナエシ属の多年草。「秋の七草」の一つ。日本、中国、シベリアに広く分布。草丈60~100㎝。花期は8~10月。茎の先端に黄色い小花を多数つける。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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