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アネモネ

旬のもの 2022.03.28

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

春風に誘われて、いち早く色とりどりの花を咲かせるアネモネ。しかし散るのも早く、薄茶色の綿毛にくるまれた種子は、風に吹かれてまたいずこかへ飛んでいきます。
風という意味のギリシャ語「アネモス」を語源とするアネモネは、どこまでも風のイメージが似つかわしい花です。英語名はWindflower、つまりそのまま「風の花」です。

パレスチナから十字軍を通じて世界に

アネモネはキンポウゲ科アネモネ属(イチリンソウ属)の塊根を持つ多年草です。原産地は地中海東部沿岸地域。十字軍の兵士や巡礼者によって、パレスチナからヨーロッパにもたらされ、15~18世紀にイギリスやオランダで盛んに品種改良されました。

代表的園芸品種であるアネモネ・コロナリア(Anemone coronaria)が創られたのは19世紀。現在では単にアネモネと言えば、この種を指します。「コロナリア」は「花冠」という意味です。日本に渡来した時期については、1872(明治5)年と、1930(昭和5)年の両説があります。和名はボタンイチゲ(牡丹一華)、ハナイチゲ(花一華)など。

パレスチナでは今でも、春には野生のアネモネの赤い絨緞(じゅうたん)が野原を埋め尽くします。2013年にシクラメンに代わり、イスラエルの国花になりました。

春にだけ出現するスプリング・エフェメラル

アネモネの開花時期は1~5月。地下の塊根から花茎を伸ばし、その先端に1つずつ花をつけます。これが「イチゲ(一華)」という和名がついた理由です。花弁は6~8枚ほどに見えますが、これは萼(がく)が変化したもので、花弁は存在しません。萼の色は赤、白、青、紫などさまざま。八重咲の豪奢なものもあります。

塊根から出る3枚の葉は、3回羽状複葉で、ニンジンの葉のように深く切れ込みます。
夏を迎えると地上部は枯れ、痕跡を消し去ります。春にだけ姿を見せるので、カタクリやムラサキケマン、同属のイチリンソウ、ニリンソウなどとともに「スプリング・エフェメラル(春の妖精)」と呼ばれます。

アネモネをめぐる二つの伝説

アネモネにはギリシャ神話の二つの悲しい物語があります。
美の女神アフロディテは、息子のエロスが放った愛の矢を胸に受け、美少年アドニスに夢中になります。その様子を見ていたのが、女神の愛人の軍神アレス。嫉妬に駆られ、大イノシシに変身して少年を襲い、致命傷を負わせます。
アドニスを蘇らせることができなかった女神は、彼を花に変えます。アドニスの赤い血溜まりの中から咲いた花がアネモネです。

もう一つは、やはり花の妖精アネモネの話。西風の神ゼピュロスは、花と春の女神クロリスの夫でしたが、クロリスの侍女、アネモネに好意を寄せていました。二人の関係に気づいたクロリスは怒り、宮殿からアネモネを追放してしまいます。

悲しみ衰えたアネモネの姿にゼピロスは同情しますが、妻が怖くて連れ帰るわけにはいきません。そこでやむなく、彼女を花に変えたのだといいます。
この二つの神話から、さまざまな花言葉が生まれました。

花言葉は「はかない恋」「愛の苦しみ」

アネモネとオダマキが/庭の中で花を開いた/愛とさげすみの間に/メランコリーが眠る庭で

フランスのシュルレアリスムの詩人・ギョーム・アポリネール(1880-1918年)の作品「クロティルド」の冒頭部です。この詩には、アポリネールの恋人でアネモネの花姿を柔らかいパステルカラーで描いた画家・マリー・ローランサン(1883―1956年)の面影が投影されています。

ミラボー橋の下セーヌは流れる/そして我らが愛も/なぜ思い出さねばならないのか/歓びは常に苦しみの後にやってくると

「はかない恋」「愛の苦しみ」という花言葉通り、アネモネは散りやすく、二人の愛の終わりは、名詩「ミラボー橋」で描かれるのです。

一方、色別の花言葉では愛を賛美する言葉が並びます。赤いアネモネは「君を愛す」。白いアネモネは「真実」「期待」「希望」。紫のアネモネの花言葉は「あなたを信じて待つ」。

一茎の アネモネとして 君臨す

稲畑汀子(いなはた・ていこ)氏(1931-2022年)の俳句は、愛の女神の化身でもあるアネモネの、圧倒的で堂々とした存在感を力強く詠っています。
短くても、悲しく終わろうとも、愛は美しく、その輝きは永遠なのです。

アネモネ

学名Anemone coronaria
英名Windflower
和名(別名)ボタンイチゲ、ハナイチゲ
キンポウゲ科アネモネ属(イチリンソウ属)の多年草。地中海東部沿岸地域原産。 花期は1~5月。花弁はなく、変形した萼(がく)を持つ。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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