漬物男子、田中友規です。
日本の三大家庭野菜といえば、玉葱、じゃがいも、人参。
どんな料理にもベースとして使うことの多い野菜で価格もお手頃。最も身近な野菜たちと言えるでしょう。
そんなありふれた野菜の中から、今日は人参のお話をしたいと思います。
毎年この季節になると、京都の鷹ヶ峰にある京野菜農家を訪ね、葉っぱのついた若い人参をもらいに行きます。
本来、人参は秋冬が旬で、葉は出荷よりも先に枯れてしまうので食べられません。青々と育った柔らかい葉を湯がいていただけるのは、この時期だけの楽しみです。

さっと熱湯にくぐらせて、流水で冷ました人参の葉を適当な長さに切り、ゴマ和えにすれば、セリ科の独特な香りと清涼感が味わえる一品になります。
ほろ苦く、春の香り。
青臭いとも言える訳ですが、この人参の葉の味がぼくはなんとも好きなのです。
しかし正直言いますと、ぼくは生の人参がちょっとだけ苦手です。
極々稀に、どうにも青臭い人参に出会ってしまうことってありますよね。あの不意打ちが、どうしても手放しで好きと言えない・・・そんな気持ちにさせられます。

葉の青い香りが好き、けれど人参の青臭さが苦手だなんて、なんとも始末の悪い味覚なんでしょう。
ただそんな人参が苦手な僕も、絶対人参が欠かせないと思う料理があります。
北海道札幌市で20年ほど前に突如出現したカレー界の異端児、スープカレーです。
サラサラのスープに、丁寧に下ごしらえされた大きな道産野菜がこれでもかと乗せられ、一括りにカレーと呼ぶには憚られるような姿。そのど真ん中に堂々と鎮座するのが人参です。

縦半分に切られた1本まるまる寝そべるその姿は、他のどの料理よりも自己主張が強く、しっとりと柔らかく煮込まれ、時には素揚げされ、「さぁ、どこからでもどうぞ」と挑発的にも見えるのだ。
スプーンにほとんど力を入れなくとも、すっと切れるほど滑らかなテクスチャー。
クミンやマスタードシードが溶け込んだスパイシーなスープと、人参のじんわりとした甘みと旨みの相性が抜群なのです。
またスープカレーにはタマリンドや柑橘類で酸味が足されていることが多く、人参は油と酸味を合わせると相性が抜群に良いということを気づかされました。
人参×(油+酸味)という公式は、どの料理にでも当てはまり、よくステーキの付け合わせにある人参のグラッセも、惜しみなくバターを投入し、仕上げにちょっとだけバルサミコ酢。
これで人参のポテンシャルを最大まで引き出すことができるのです。
またフランスの家庭料理にキャロットラペという人参のサラダがありますが、オリーブオイルとワインビネガーを纏わせれば、人参の青臭さを消し去って、甘みと食感を引き立てます。もちろんグレープシードオイルやレモンという組み合わせでもぴたりとはまります。

函館の「松前漬け」や、福島の郷土料理「いかにんじん」はどうでしょう。もともと人参と酢は漬物としても組み合わせが良いのだからそのままでも間違いないが、騙されたと思って一垂らし、ごま油を足してみていただきたい。
人参が旨味を増して白いご飯はどこへ消えたかと思うほど食が進むはず。
この公式さえ頭にいれておけば、もう人参は怖くありません。
いまでは年中収穫できるようになった人参ですが、この時期だけの葉付き人参を見つけたらどうぞ余すところなく、味わってみてください。
人参の葉も、皮も柔らかく、最後まで無駄を出さずに美味しく使い切れる。
そんな始末のよい春の味覚を楽しみましょう。

田中友規
料理家・漬物男子
東京都出身、京都府在住。真夏のシンガポールをこよなく愛する料理研究家でありデザイナー。保存食に魅了され、漬物専用ポットPicklestoneを自ら開発してしまった「漬物男子」で世界中のお漬物を食べ歩きながら、日々料理とのペアリングを研究中。
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