こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は「梅雨いわし」についてのお話です。
「いわし」といえば、魚へんに弱いと書いて「鰯」。いつも他の魚に食べられるから、水から出るとすぐ弱ってしまうから、などという理由でこの字が当てられたとも言われている。
いわしにまつわる諺も「鰯網で鯨捕る」「鰯の頭も信心から」などと、何かと弱い立場で喩えられることが多いように思う。お値段も安くて家庭の味といったような、ぱっとしない魚だと思っていた。
しかし、いわしは様々な形で私たちの生活に関わってきた魚だという。縄文時代から貴重なたんぱく源として食べられていて、江戸時代にはいわしが農作物の肥料や行灯の油としても重宝されたというから、驚きだ。
また、鰹やマグロなどの餌でもある。体重100キロのマグロが生きていくためには、1トンのいわしが必要だという。
「海の米」とも「海の牧草」とも呼ばれ、海の生態系を支える存在でもあり、知れば知るほど、決して「弱い」魚だと簡単には言えない。
「梅雨いわし」という言葉があるそうだ。
梅雨いわしとは、梅雨の時期に獲れるマイワシのことを指す。いわしの旬は6〜7月で、この時期は、産卵前で脂が乗っていている。西日本生まれの私には、節分にいわしを食べる習慣があったので、てっきり2月が美味しい時期だと思っていた。
梅雨いわしをさばいてみると、皮下に真っ白な脂肪が1mm以上の層を作り、赤身とのコントラストが美しいという。氷で締め、三枚おろしにしたお刺身はとろけて絶品らしい。
いわしの主要な水揚港でもある千葉県の銚子港では、「入梅(にゅうばい)いわし」という名前でブランド化もされている。沖合で南からの黒潮と北からの親潮がぶつかり、さらに利根川の淡水が加わって、いわしの餌であるプランクトンが豊富なんだという。
6〜7月、銚子市では「入梅いわし祭り」が開かれ、各お店で新鮮ないわし料理が振る舞われるそうだ。「新鮮ないわしを食べにいくための旅もありだなぁ」などと思い始めているあたり、私のいわしへの概念も変わってきたようだ。
私は今、海が近い場所に住んでいないので、日常で新鮮ないわしのお刺身をいただくのは難しい。だからこの時期には「いわしの梅煮」を作る。
梅といわしの相性はとても良い。梅がいわしの生臭さを取ってくれる。梅には煮崩れを防ぐ効果があり、骨まで柔らかくなる。煮崩れ防止のもう一つのポイントは、煮汁が冷たい状態からいわしを入れて煮ることだ。
「梅煮」と名がつくと、一見手間がかかっているように思えるが、実際はそんなに難しいことはなく、食卓を彩ってくれる味であるので、是非、梅雨いわしで作ってみてほしい。梅の酸味が、食欲が落ちがちな暑くなるこの季節を支えてくれるだろう。
梅雨いわしは、「梅雨の水を飲む魚」とも言われる。この時期に旬を迎える魚のことで、いわしの他にもイサキやキス、ハモなどもこれに入る。
実際にいわしが水を飲む訳ではない。長雨で栄養が山から流れ出し、海に植物プランクトンや動物プランクトンが増える。そして、それを食べたいわし達が丸々と育つという食物連鎖のサイクルになぞらえて、このように言うそうだ。
とても粋な言葉だと思うと同時に、自然の恵みを思わせてくれるありがたい言葉だなあと思う。日本語には、季節を受け取る細やかな言葉が散りばめられている。
暦の上では夏だと言われても、雨で太陽の出ない日が続きがちな梅雨。じめっとしていて、気分が落ち込みがちになることもある。
そんな時こそ旬の食材を味わうことが、季節をつつましく暮らすコツなのかもしれない。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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