秋と言えば菊の花。10月の中旬、旧暦9月9日の重陽の節句の頃、七十二候では「菊花開(きくのはなひらく)」の季節に入り、いよいよ見頃を迎えようとしています。ところで、キクの仲間ではありませんが、姿がよく似ていて、秋の儚い風情を漂わせるシュウメイギク(秋明菊)も、花を開こうとしています。京都の貴船地方にはこの花が古くから野生化し、「貴船菊」(キブネギク)という名で呼ばれています。
「除夜の妻 白鳥のごと 湯浴みをり」など愛妻家として知られる俳人・森澄夫(もり・すみお1919-2010)が、貴船菊(秋明菊)の美しさを讃えた句です。
ところで、冒頭に述べたように、シュウメイギクはキク科ではありません。キンポウゲ科イチリンソウ属(アネモネ属)の多年草で、アネモネやイチリンソウ、ニリンソウなどの仲間です。
原産地は中国で、室町時代までに観賞用に渡来しました。それが逃げ出して、京都・貴船地方の山野に帰化。そこからさらに全国に広まったとみられています。東京近郊でも野生種が見られるそうです。
そのため、「しめ菊」「紫衣(しえ)菊」「加賀菊」「越前菊」「貴船菊」「唐菊」「高麗菊」「秋芍薬(あきしゃくやく)」など、さまざまな別名で呼ばれることになりました。
花弁はなく、萼(がく)が美しく変化
シュウメイギクという名前が文献に登場するのは、江戸時代初期に出された園芸指南書の『花壇綱目』(1681年)が最初。江戸の園芸ブームの中で注目され、品種改良が進む中で、中国名の「秋冥菊」の音をそのままにして、表記を入れ替えたと推測されます。
草丈は30~150㎝。花期は8月中旬~11月で、茎の頂上から数本の花柄を伸ばし、その先に径5~7㎝ほどの大きな花を1個ずつつけます。
花はキクの頭状花に似ていますが、縁を取り巻く花弁状のものは、萼片(がくへん)が変化したもので、舌状花ではありません。中心の薄緑色の部分も筒状花の集まりではなく、雌しべ。それを黄色い多数の雄しべが囲んでいます。
萼片の色はピンクや白。枚数は6~8枚ですが、八重咲きになると20~30枚に達します。
また、花が咲き終わった後には、残った雌しべが次第に膨らみ、やがて上下に裂けて、白い綿毛の塊が現れます。一本一本の綿毛には細かい種子がついていて、やがて風に乗って遠くへ運ばれていきます。
原種はピンクで八重咲き
シュウメイギクの原種である貴船菊の花は、濃いピンク色で八重咲きだとされています。しかし、近年は多数の品種が交雑する中で、白い花を持つものや、ピンク色の一重咲きの品種も多数出現しています。
右城暮石(うしろ・ぼせき/1899-1995)と山口青邨(やまぐち・せいそん/1892-1988)の2人が注目しているのは、貴船菊の花の色。確かピンクの花だったはずだが、白い花もこんなに増えたのかという、軽い驚きを詠っているようです
ジャパニーズ・アネモネと呼ばれ人気に
シュウメイギクは日本からヨーロッパに紹介され、ジャパニーズ・アネモネ(Japanese anemone)と呼ばれて人気を博し、そこからも品種改良が行われました。通常、観賞目的の改良では花の色がよりカラフルに、咲き方も複雑になる傾向がありますが、ヨーロッパでは一重咲きのピンクや白の花が好んでつくりだされました。
シュウメイギクの花言葉は、「薄れゆく愛情」「あせていく愛」「淡い思い」「忍耐」など、少し寂しい言葉が並んでいます。これは、ギリシャ神話のアネモネをめぐる言い伝えが投影されたためのようです。
アネモネは花の女神クロリスに仕える妖精。クロリスの夫の西風の神ゼピュロスは、アネモネを気に入り、彼女が世話する花だけを、西風の力で最初に咲かせてやりました。これを知って嫉妬した女神は、アネモネを宮殿から追放。そのやつれゆく姿に胸を痛めた西風の神は、彼女をそっと可愛らしい花にかえてやったというものです。
異国から流れきて、ひっそりと咲くシュウメイギク。どこか寂し気な面影には、やるせない恋の物語が似合うのかもしれません。
シュウメイギク(秋明菊)
学名Anemone hupehensis var. japonica
英名Japanese anemone
キンポウゲ科イチリンソウ属(アネモネ属)の多年草。中国原産で、日本には室町時代ごろ渡来。京都・貴船地方などで帰化した。別名は貴船菊(きぶねぎく)など多数。草丈は30~150㎝ほど。花期は8月~11月。花には花弁がなく、花弁状に変化した萼が付く。花色はピンクまたは白。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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