こんにちは。俳人の森乃おとです
立春も過ぎ、日ごとに太陽の光が輝きを増しています。この季節の楽しみの一つは、近所の庭先や散歩道で、可愛らしいボケ(木瓜)の花と出合うことです。やや厚みのある5弁の花は、まるで桜貝などの美しい二枚貝の殻を思わせます。冬の名残に吹く西風を「貝寄風(かいよせ)」と呼び、吹き寄せられた貝殻を集めて造花を作る風習がありますが、ボケのふっくらとした花姿はそのイメージに重なります。
いち早く春を生み出す「放春花(ファンチェンファ)」
ボケはバラ科ボケ属の落葉低木です。ボケ属には中国原産のボケ(Chaenomeles speciosa)とマボケ(Chaenomeles cathayensis)、そして日本原産のクサボケ(Chaenomeles japonica)の3種があります。属名の「Chaenomelesカエノメレス」はギリシャ語で「割れたリンゴ」という意味です。
このうちボケは平安時代に薬用として渡来。江戸時代から栽培がさかんになり、庭木や生垣、そして盆栽として好まれてきました。樹高は1~2mでよく分岐し、小枝はしばしばトゲ状となります。雪解けの早春2月から4月にかけて、葉に先立って径3㎝ほどの5弁花を咲かせます。基本色は朱色ですが、ピンクや白などもあります。いかにも優しく温かな雰囲気があり、原産地の中国では「いち早く春を生み出す花=放春花(ファンチェンファ)」と呼ばれます。
葉は楕円形で互生し、縁にはぎざぎざした鋭い鋸歯(きょし)があります。花が咲き終わると長さ5~7㎝の楕円形の果実をつけ、秋に黄色く熟します。果実はよい香りを放ちますが、酸味と渋味が強くて硬いため、生では食べることができません。乾燥させて薬用としたり、ジャムや果実酒などに利用します。同じバラ科のマルメロやカリンに似ているため、英名はFlower quinceです。
日本原産のクサボケ(草木瓜)は樹高30~100㎝と小さく、里山の日当たりのよい土手などに自生します。少し小さめの朱色の花が咲き、径3㎝ほどの実をつけます。やはり薬用・食用に利用されます。
ところで「ボケ」という和名は、この愛らしい花には少し似合わない気もします。その由来は、果実が瓜に似ていることから。中国で「木になる瓜=木瓜」と表記され、「もけ」あるいは「ぼっくわ」と読まれたのが転訛したといわれます。
ボケは明治時代の文豪・夏目漱石に愛された花としても知られています。「木瓜咲くや」の句は、熊本の第五高等学校に英語教師として赴任していた1897年頃に詠まれました。「拙を守る」とは、作家の半藤一利氏によると「世渡りの下手なことを自覚しながら、それを良しとして、あえて節(せつ)を曲げない愚直な生き方」です。
漱石は小説『草枕』の中でも、
と書いています。ちなみに俳句の世界では「木瓜」は晩春の季語となります。
ボケの花言葉は「先駆者」「指導者」「魅惑的な恋」「一目ぼれ」
日本の十大家紋の中に「木瓜紋(もっこうもん)」があり、織田信長の家紋や八坂神社などの神紋として知られています。この「木瓜」が何に由来とするのかは定説がなく、ボケの花や実、キュウリの断面、鳥の巣の形など諸説があります。ボケの花言葉の「先駆者」「指導者」は、織田信長が木瓜紋を使用したことに由来します。
花言葉には「魅惑的な恋」「一目ぼれ」もあります。古代中国では、女性がボケなどの木の実を投げて求婚し、男性が応じる印に宝玉を贈るという習慣がありました。それを「投瓜得瓊(とうかとくけい)」といいます。「瓜」はボケ、「瓊」は赤い宝玉を指します。
紀元前に編集された中国最古の詩集『詩経』には
報ずるに匪(あら)ざるなり/永く以て好を為さむとてなり
という詩が収録されています。
「わたしにボケの実を投げてくれたね。お返しに美しい玉を贈ろう。これはお礼ではなく、あなたといつまでも仲よくしていたいからだよ」という意味です。
詩経が編纂されたのは紀元前11世紀から7世紀。太古の昔から、ボケは恋の喜びと輝きに寄り添ってきたのでしょう。
ボケ(木瓜)
学名: Chaenomeles speciosa
英名: flowering quince
バラ科ボケ属の落葉低木で、中国原産。樹高1~2m。よく分岐し、小枝はとげ状になることが多い。花期は2~4月。花色は朱、白、ピンクなど。 カリンに似た楕円形の果実をつけ、秋に熟す。ボケのほかに中国原産のマボケと日本原産のクサボケの3種がある。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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