こんにちは、料理人の庄本彩美です。今日は、日本のホームパーティーのメニューのひとつ「手巻き寿司」についてのお話です。
習い事の発表会や入学祝いなど、ちょっとしたお祝いのご馳走に、母はよく「手巻き寿司」を用意してくれた。
地元で獲れた魚や祖母が育てた畑の野菜を切り揃えて大皿に盛り、酢飯と海苔とともに食卓にどんっと豪快に置かれる。手巻き寿司なら料理の仕込みも少ないためか、普段夕食の間もせかせかと動き続ける母も一緒に座って食べられる。家族みんなで過ごす食卓に手巻き寿司はあった。
ホームパーティーで手巻き寿司が選ばれるようになったのは、ここ30年ほどのことのようだ。元々手巻き寿司は、寿司屋の裏メニューとして提供されていたものだったという。酢メーカーが「土曜日は手巻きの日」とのキャッチコピーを添えてテレビCMを放送したことがきっかけとなり、手巻き寿司ブームが起こったと言われているそうだ。
手巻き寿司は、好きな具材を好きなように巻いて食べられるのが嬉しい。
「沢山食べるぞ!」と意気込んで、つい酢飯も具材も乗せすぎてしまい、うまく巻ききれなくて慌てて食べたり、すぐにお腹いっぱいになってしまったりするのも楽しいところだ。
私も大人になってからは、そのあたりは上手く調整ができるようになり、今では自分なりの定番ができている。いろいろ食べられるように、海苔に乗せる酢飯は少しずつ。大葉やかいわれ大根など、野菜好きとしてはこれは欠かせない。欲張りたいところを我慢し、海鮮の具材は1種類にして、それとは違う食感の具材を選ぶ。酢飯や海苔も含めて2〜3種類の食感を口の中でしっかり味わえるようにするのがミソだ。なんて考えながら、具材の皿を前にして慎重に吟味している自分がいる。同じ食卓でありながら、皆それぞれの楽しみ方で食べられるのも魅力の一つだ。
手巻き寿司を巻くのは、具材をコンパクトにまとめて食べやすくし、見栄えを良くする役割も持っているが、この「巻いて食べる」ということは、私たちにとって特別なことなのではないかと思う。
「巻く」ことは、日本では昔から「包む」「結ぶ」とともに相手をおもてなしする所作とされてきた側面もある。小さな工夫で、気持ちを伝える姿を現しているのだ。
食材がこぼれないように、潰れないように巻こうとすると、自ずと優しい手つきになる。くるくると巻いて頬張ると、口の中に色んな味が広がって幸福感に包まれる。巻いて食べることは食材だけでなく、自分を大切にする気持ちも自然と入っているのではないだろうか。
食べてしまえば、一瞬でなくなるものを、わざわざひと手間かけて私たちは食べる。そこには食べやすさや合理性だけではない、さまざまな文脈が含まれている。これが料理の面白さでもあると思う。
ここ数年、大人数で集まることが少なくなり、手巻き寿司をする機会がめっきり減ってしまった。そんな中、ひとりで手巻き寿司をしようとスーパーへ向かうこともあるのだが、「この刺身の量は食べきれないな」「みんなであれこれ喋りながら食べたいかも…」などと思って、結局諦めてしまう。
私はみんなでワイワイしながら食べるのも含めて、手巻き寿司が好きなようだ。
今度友人と集まった時は、手巻き寿司にしよう。どんな具材にするか、一緒にあれこれ言いながら選んで、準備するのもいいだろう。「その組み合わせいいね〜」なんて言いながら、それぞれの手巻き寿司を楽しむ時、私たちは食卓のにぎやかな空気も、海苔に巻いて食べているのかもしれない。
庄本彩美
料理家・「円卓」主宰
山口県出身、京都府在住。好きな季節は初夏。自分が生まれた季節なので。看護師の経験を経て、料理への関心を深める。京都で「料理から季節を感じて暮らす」をコンセプトに、お弁当作成やケータリング、味噌作りなど手しごとの会を行う。野菜の力を引き出すような料理を心がけています。
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