こんにちは。俳人の森乃おとです。
長かった梅雨が明けると、いよいよ夏山シーズンの到来です。北海道から九州までの全国の山地で、薄い雪を被ったように見える清楚なウスユキソウ(薄雪草)の白い花が花開き、登山者を優しく迎えます。
薄雪のような綿毛に包まれた清楚な花
ウスユキソウはキク科ウスユキソウ属の多年生の高山植物で、アジア、ヨーロッパが原産。日本にはウスユキソウ属の仲間が多く生育し、ウスユキソウ(学名Leontopodium japonicum)のほか、ミヤマ(深山)ウスユキソウ、エゾ(蝦夷)ウスユキソウ、ハヤチネ(早池峰)ウスユキソウなど、亜種・変種を含めて10種近くに達します。ヨーロッパにはエーデルワイス(和名はセイヨウウスユキソウ)1種とその3変種があるだけです。
草丈はいずれも10~30㎝と低く、花期は7~9月。茎の先端に径5㎜ほどの小さな頭状花を10~20個つけ、葉が変形した苞葉(ほうよう)が、花を星形に取り囲んで保護しています。苞葉は厚い綿毛に覆われ、まるで薄雪を被ったよう。これが和名の由来になりました。
ドイツ語で「高貴な白」の意、ミュージカル映画で一躍有名に
一方、エーデルワイスはドイツ語で「高貴な白」を意味します。標高2000~2900mのアルプスの高地に生え、スイスとオーストリアの国花とされています。
その名前が有名になったのは、1965年に公開されたミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(ロバート・ワイズ監督)の劇中歌として「エーデルワイスの歌」が作られ、大人気を博したためです。
映画は1938年のナチス・ドイツによるオーストリア併合を背景に、それに反対するオーストリア軍の大佐が、7人の子どもたちと修道女見習いで家庭教師だった妻を伴い、国境を越えてスイスに亡命するまでを描いています。エーデルワイスの花は、清らかな心と熱烈な祖国愛の結合を象徴しています。以来、エーデルワイスは日本でも、ウスユキソウ属を総称する別名として使われるようになりました。
天使に恋した登山家の伝説
スイスには、エーデルワイスにまつわる美しい天使と登山家との悲しい伝説があります。
ある時、一人の天使が天国での生活に飽きあきして、「人間となって、この世の苦しみを味わいたい」と神様に願い出ました。願いは許されましたが、彼女には汚れに満ちた人間界に降り立つ勇気はありません。そのため天国に一番近いスイスの山々の頂に住み着き、この世を見守っていました。
ところがある日、この世のものならぬ美しい顔を、若い登山家に見られてしまいました。若者は天使へのかなわぬ恋に苦しみ、「あの美しい人に愛されないなら、生きている意味はない。どうかこれほどの苦痛からお救いください」と神様に祈りました。その願いを聞いて天使は天国に戻り、後にはエーデルワイスの白い花が、残されていたそうです。
ところで、ウスユキソウは俳句の世界では、7月の季語。ただ、人里から離れて咲く高山植物だからでしょうか、ウスユキソウやエーデルワイスを詠んだ俳句、そして短歌もほとんど見当たりません。
その中で俳人・高澤良一は「ぜひ一目だけでも」とウスユキソウを求めて山に入り、その美しい花と出合えた喜びを詠っています。
そして「一目見て 薄雪草と 断じけり」とも詠んでいます。
ウスユキソウは、苞葉や綿毛の特徴を調べてさえいれば、初めての人でも見分けることができますが、一目で「憧れの花だ」と分かった時のうれしさはいかばかりでしょう。
花言葉は「大切な思い出」「高潔な勇気」
エーデルワイスの花言葉は「大切な思い出」「高潔な勇気」。「大切な思い出」は、天使と登山家の切ない伝説に由来します。「高潔な勇気」は、かつては若者がアルプスに登った証拠に持ち帰った花だったことから。
エーデルワイスは近年、放牧や盗掘によって数が減少し、絶滅が心配されているそうです。
日本でも事情は同じ。北上山地の最高峰・早池峰山(標高1917m)の蛇紋岩地に生える固有種のハヤチネウスユキソウは、「日本のエーデルワイス」と呼ばれますが、やはり盗掘などによって激減しています。
映画「サウンド・オブ・ミュージック」の最後に歌われるのは「すべての山に登れ」。この歌とともにエーデルワイスは、私たちに気高い勇気を与え続けてくれます。天使に恋した登山家のように、どうか手折ることを慎み、その美しい横顔を心に刻みつけて希望の燈火とし、私たちの山道を明日もまた、登っていきましょう。
ウスユキソウ(薄雪草)
学名:Leontopodium japonicum
属名の「レオントポディウム」はギリシャ語で「ライオンの足」の意。綿毛に覆われた小花が肉球を思わせるため。
キク科ウスユキソウ属の多年草で、高山植物。アジア・ヨーロッパ原産。日本には全国の山地に10種類ほど自生。草丈は20~30㎝。花期は7~9月。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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