こんにちは。科学ジャーナリストの柴田佳秀です。
さて、今回は、鴇色(ときいろ)で有名なトキのお話をしましょう。
トキは、シラサギに似た姿の水鳥。でも、サギとは違う仲間でトキ科の鳥です。顔と足が赤く、下に曲がった長いくちばしが目立ちます。図鑑には全長76cmと書いてあるので、けっこう大きな鳥かなと思いますが、これはくちばしの長さを含んだ寸法なので、実際にはもっと小さい感じです。学名はNipponia nippon(ニッポニア・ニッポン)といい、まさに日本を代表する鳥。江戸時代に長崎にいたドイツ人医師で学者のシーボルトが剥製をオランダの博物館へ送り、その後、鳥類学者のテミンクによって命名されました。

そんな日本を代表する鳥のトキですが、1度は完全に日本から絶滅した鳥なのはご存知でしょうか。江戸時代末まで、トキは普通に見られる身近な鳥だったのですが、明治時代になると狩猟や開発によって激減。昭和に入ってからは、佐渡島や能登半島で細々と生き残っているに過ぎませんでした。そして、1981年に日本政府は佐渡島で生き残っていた5羽を捕獲し、人工繁殖に踏み切ります。しかし、計画はうまくいかず、2003年に最後の日本産トキが死んで、ついに日本から完全にトキは絶滅してしまったのです。

また、日本以外にもロシアや中国、朝鮮半島にトキがいたのですが、やはり絶滅したと考えられていました。ところが、1981年に中国で発見され、その鳥を元に人工繁殖に成功。その後は順調に数を増やし、日本にも人工繁殖用に鳥が提供されるようになったのです。そして、1999年に中国から贈られたつがいで初めて日本での繁殖に成功。その後は毎年ヒナが生まれ、2008年には野生復帰のための放鳥が開始されました。2012年には、放鳥した鳥同士が野外に巣を作りヒナが誕生。これは36年ぶりに野外でヒナが生まれた事になります。そして、2022年12月時点で、推定545羽が佐渡の空を飛んでいるのです。

この春に私は佐渡島へ出かけ、トキを見てきました。じつは見るのは初めて。500羽もいるけど、やっぱり出会うのは難しいだろうなと思っていました。ところが現地に行ってみると、あっけなく初対面が実現。あちこちで飛んでいる姿を見ることができたのです。そして、なにより驚いたのは、トキがとても身近な鳥であること。なにしろ町のスーパーの駐車場に車を止めて降りたところ、空を見上げると一羽のトキが真上を飛んでいたのです。身近にいると話には聞いていましたが、まさかのまさかです。トキと言えば、薄いピンク色の鴇色が有名ですが、逆光に透けた美しい鴇色の翼を見た感動は一生忘れることができないものになりました。

また、トキがとてもよく鳴くことにも驚きました。カラスに似た「コォー」と聞こえるよく通る声で、飛び立つときなど、けっこう頻繁に鳴きます。サギはあまり鳴かないので、トキって、やっぱりサギとはかなり違う仲間であることがよくわかりました。これも実際に現地で見てみないとわからないことです。

トキが一番よくいるのは水田です。特に畦に立つ姿をよく見ます。主な食べものがドジョウやカエル、昆虫、ミミズなどの小動物なので、草がはえた畦にはこういった生きものがよくいるため、それを狙っているのでしょう。トキが食べる小動物は、除草剤などを使用するといなくなってしまいます。佐渡の農家さんは、できるだけ薬剤の使用は控えるなど、トキと共存する努力をされています。とにかく人のそばで生きる鳥なので、人との共存がなければ生きて行けません。佐渡に住む人々のこうした取り組みによって、トキの野生復帰が進んでいるのです。

私が訪れた春のトキは、頭から首など上半身が灰色に煤けたような色をしていました。これは繁殖期特有の色で、首から出る分泌物をこすりつけることで着色します。言ってみればお化粧をしているような感じです。世界にたくさんの鳥がいますが、こんな色変わりをするのはトキ以外はあまり知られていません。

春から夏の繁殖期が終わると、体の羽が抜けて新しい羽毛がはえてきます。9月の今頃はちょうどそんな時期で、煤けた色はなくなり、全身が白と淡い鴇色で染まります。最も美しく見えるのが、ちょうど秋から冬にかけてなのです。私はまだ、自分の目でこの美しい姿を見ていませんので、近いうちにまた佐渡島へ出かけて見てみたいなと思っています。


柴田佳秀
科学ジャーナリスト・サイエンスライター
東京都出身、千葉県在住。元テレビ自然番組ディレクター。
野鳥観察は小学生からで大学では昆虫学を専攻。鳥類が得意だが生きものならばジャンルは問わない。
冬鳥が続々とやってくる秋が好き。日本鳥学会会員。
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