こんにちは。気象予報士の今井明子です。
「時雨」と書いて何と読むか。「五月雨」と並んで難読漢字のテストによく出題される問題ですよね。答えは「しぐれ」です。
時雨とは、秋から冬にかけ、突然空が陰ってパラパラと雨が降り、短時間でサッと上がって太陽が顔を出すような通り雨のことを指します。時雨の降るような日はとても寒く、体の芯まで冷え込みます。時雨は主に日本海側や本州の内陸部の盆地でよく見られ、時雨の前に地名がついていることもあります。たとえば京都の北山で降る「北山時雨」や滋賀県の湖西で降る「高島時雨」などです。
なぜこのような雨が降るのでしょうか。実は、時雨は西高東低の冬型の気圧配置によってもたらされます。秋が深まると、大陸のシベリア付近に冷たくて乾燥した空気でできたシベリア高気圧ができます。一方で、海には低気圧ができます。シベリア高気圧からは東の海上にある低気圧に向かって風が吹きます。これが冬の季節風です。
シベリア高気圧から吹く季節風は、本来なら冷たくて乾燥しています。しかし、日本海を通るときに、水蒸気が提供されて湿り、雲ができます。この雲が、日本列島の中心付近にある山を越えるときに雨や雪を降らせます。日本海側は世界でも有数の豪雪地帯ですが、それは冬の季節風が山を越えるときに雪を降らせるからです。まだ雪が降るほど寒くなっていないときは、この雪が雨になります。これが時雨なのです。冬の季節風、すなわち木枯らしが吹くような日だから、時雨もとても冷たいのです。
さて、「しぐれ」と聞いて「しぐれ煮」という料理を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。しぐれ煮とは、ハマグリやアサリのむき身や牛肉に、しょうがを加えて砂糖・醤油ベースの煮汁を煮詰めた佃煮の一種です。あの茶色い料理のどこが晩秋~初冬の雨と関係があるのか、まったく想像がつきませんが、ハマグリの名産地である三重県桑名市の名物料理が松尾芭蕉の弟子に「時雨蛤」と名付けられたことが「しぐれ煮」の由来だといわれています。
しかしなぜ、「時雨蛤」と名付けられたのでしょう。これには諸説あり、ハマグリの旬が時雨の降るころだからという説もあれば、「しぐれのように口の中をさまざまな味が通り過ぎるから」という説もあります。
いずれにせよ、料理の名前にもなることから、時雨という現象が私たちの暮らしに深く関係していることがうかがえます。凍えるような冷たい雨が降るような日は、部屋の中でヌクヌクと暖かく過ごしたくなりますね。
今井明子
サイエンスライター・気象予報士
兵庫県出身、神奈川県在住。好きな季節はアウトドア・行楽シーズンまっさかりの初夏。大学時代はフィギュアスケート部に所属。鯉のいる池やレトロ建築をめぐって旅行・散歩するのが好き。
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