いよいよ年の瀬が近づいてきましたね。何かと予定の多い師走ですが、来たる新年に向けて、みなさん思い思いの年末を過ごしておられることと思います。
年越しやお正月の風習は土地ごとにさまざま。今回は、静岡県西伊豆町田子に伝わる正月魚「塩鰹」を訪ねます。
伊豆半島の西側に位置する田子は、西には駿河湾、東には天城連山を望む漁村で、古くから鰹の一本釣り漁を行う漁港として発展してきました。
鰹は古代の貝塚からも痕跡が見つかるなど、昔から日本人が食べてきた魚でした。日本最古の歴史書『古事記』(712年)では、「堅魚」と記されています。養老令の注釈書『令集解』(757年)にも登場、当時各地から税金として産物が納められており、鰹もそのひとつだったとされています。「堅魚」は鰹を細かく切って干したもの、「煮堅魚」は鰹を煮てから干したものと考えられており、現在の鰹節の原型になったような加工品でした。
田子地区で鰹を加工していた最も古い記録は、なんと奈良時代のもの。平城京跡から発掘された木簡に、天平5年(733年)伊豆国の多具里(たぐり・現在の田子)から堅魚が送られたことを示すものが見つかったのだそうです。
鰹節の名産地としても有名な田子ですが、この辺りでは特に鰹の水揚げが多かったため、地域の人たちにとって鰹は貴重な食料でもありました。
この地に伝わる伝統的な保存食が「塩鰹」です。塩だけを使った、とても原始的な鰹の塩蔵品で、生の鰹の内臓を取り除いたあと、塩を丹念にすり込んでから2週間ほどおき、その後、冷たい潮風でじっくり乾燥させて作られます。1ヶ月ほど干せば完成するといいます。
塩鰹はお正月を迎えるにあたり作られる「正月魚」です。航海の安全や来年の豊漁、子孫繁栄などを祈願して、立派な稲穂や藁飾りを纏った塩鰹を神棚や玄関先に供えたのです。
船主の家ではお正月の三が日を過ぎると、お供えしていた塩鰹を下げてきて、その半身を船に供えます。もう半分の鰹の身は、「今年も船の乗組員として雇う」という契約の意味を込めて、船員の方たちと一緒に食べるのだそう。漁師町ならではの風習ですね。
非常に塩気が強い塩鰹。切り分けた身を焼いて、そのまま食べるのはお酒の肴におあつらえむき。塩辛さが逆にクセになるおいしさです。
おすすめの食べ方はお茶漬け。切った塩鰹を香ばしく火で炙ってから、食べやすくほぐし、お茶碗によそった白いご飯にのせてお茶をかけるだけ。風味の増した塩鰹から、うま味の強いダシが染み出して、シンプルながら味わい深い一杯になってくれます。お好みで、ワサビや胡麻、三つ葉などの薬味を加えても良いですね。
昔は保存食として各地で作られていた塩鰹ですが、今ではここ田子で作られているだけだそう。貴重な郷土の味を少しでも知ってもらいたいと、近年は新しい食べ方も模索されています。
地域の伝統的な食の多様性を守ろうとイタリアから始まったスローフード運動にも参加し、2014年に塩鰹や伊豆田子節は「味の箱船」にも登録されました。
漁師町に伝わる伝統の味を、絶やすことなく伝えていきたいですね。
取材協力:カネサ鰹節商店
写真提供:清絢
清絢
食文化研究家
大阪府生まれ。新緑のまぶしい春から初夏、めったに降らない雪の日も好きです。季節が変わる匂いにワクワクします。著書は『日本を味わう366日の旬のもの図鑑』(淡交社)、『和食手帖』『ふるさとの食べもの』(ともに共著、思文閣出版)など。
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