新年明けましておめでとうございます。俳人の森乃おとです。
年が改まり、厳しい寒さの中にも清々しさが感じられます。この季節に食べ頃の旬を迎えるのは、清新な色と香りを持つワサビ。日本原産の香味植物であるワサビ(山葵)の根茎は、葉や花に栄養が分散しない12~2月の間が、最も辛さが増して美味しいといわれます。

日本固有の香味植物で、古来より薬草として利用
ワサビはアブラナ科エウトレマ属(ワサビ属)の多年草です。日本固有種で、北海道から九州までの冷涼な溪流沿いの湿地などに自生。太い根茎の先から、長い葉柄を束にして伸ばし、径5~13㎝の円形の葉を広げます。花期は3~5月で、高さ20~40㎝の花茎を伸ばし、径3㎜ほどの白い十字花を十数個ずつ総状につけます。

和名の由来は不明ですが、7世紀の飛鳥時代の薬草園の遺跡から「委佐俾三升(わさびさんしょう)」と書かれた木簡が出土しています。わが国最古の薬草事典である平安時代中期の『本草和名』(918年)にも「山葵」として記載され、「和佐比(わさび)」と読まれていますので、古くから食用・薬用として利用されていたようです。
初代将軍・徳川家康が絶賛
本格的にワサビが栽培されるようになったのは江戸時代のこと。静岡県有東木(うとうぎ/現・静岡市葵区)で栽培されたワサビが、食通として知られる初代将軍・徳川家康に献上され、「天下の珍味」と称賛されたことからはじまります。これに加え、ワサビの葉が徳川家家紋の「葵」に通じることから、幕府の庇護を受けるようになったといわれます。

そして19世紀初頭の文化文政時代には、ワサビを添えたソバや握り寿司が江戸の町で大流行し、庶民の間に広まっていきました。「ワサビは太陽につぐ殺菌力」があるといわれ、食材の生臭さや細菌の増殖を抑え、食中毒の予防もしてくれるので、大いに活用されるようになったのでしょう。
ワサビは、沢で栽培する「水わさび」(沢わさび)と、畑で栽培する「畑わさび」(陸わさび)に大別されます。そして“本わさび”と呼ばれて珍重されるのは「水わさび」の方です。ちなみに「山わさび」と呼ばれるのは、同じアブラナ科のセイヨウワサビ(セイヨウワサビ属)のこと。東ヨーロッパ原産で、西洋料理では「ホースラディッシュ」「レフォール」などと呼ばれ、ローストビーフには欠かせない薬味です。“本わさび”と比較して少し色白であり、市販の練りワサビの原料にもなっています。

ただ、ワサビ本来の風味を楽しむには、やはり “本わさび”の根茎をすりおろすことが一番。
できるだけ目の細かいおろし板を用意し、垂直にワサビを持ち、空気を含ませながら円を描くように、ゆっくりとおろすことがポイントとなります。

大正から昭和初期の時代を生きた芥川龍之介も、ワサビを持ち優しくすりおろしたのでしょう。その清新な辛みと甘さは、「春の寒さ」そのもののようです。
ワサビの最大の特徴は、やはりあの、ツンと鼻を突き抜ける辛みにあります。目が覚めるようでもあり、利きすぎて涙目になることも。その辛みがうま味となることから、花言葉は「目覚め」「うれし涙」。

ちなみにワサビは根茎だけではなく、花や葉も食べられます。食材としての「花わさび」は、花が咲く前のツボミの状態で収穫され、食べ頃の旬は早春の2~3月となります。
ワサビは食用になるほか、薬用として解毒や抗酸化、血流改善作用にも優れています。そのため「実用」という花言葉も持ちます。
ただ甘く優しいだけではなく、厳しさや辛みを持ち、そして実用性があるからこそ、愛おしく尊い。思えば故郷とは、ワサビのようなものなのかもしれません。2014年に106歳で逝去した俳人、丸山佳子氏の句には、そのような思いが込められているようです。

小説家・詩人の井上靖の自伝的小説『しろばんば』に描かれるように、井上靖の故郷はワサビを産する伊豆半島中部の山村です。故郷を愛した井上靖は、冊子『静岡わさび』(1961年「静岡県山葵組合連合会」製作)の巻頭に文章を寄せ、次のようにワサビの魅力を語ります。
わさびのいいところは、説明の要らぬところだ、わさびはわさびである。あの独特の風味について、人間がかれこれ言う必要はない。かれこれ言えば言う程、わさびの生命は言葉の間からこぼれ落ちてしまうに違いない。
わさび美し。これだけで充分だ。
わさび美し。わさびを産するわが村美し、わが県美し。
なんというワサビ愛にあふれた言葉でしょうか。ワサビの清涼な香りとともに、日本の故郷たる山の清水と緑とが、心の中にも豊かに広がっていくような思いがいたします。
ワサビ(山葵)
学名:Eutrema japonicum
英名:Wasabi,Japanese horseradish
アブラナ科エウトレマ属(ワサビ属)の多年草。
日本全国の冷涼な渓流沿いの湿地に自生。独特の辛みと香気があり、太い根茎のほか、花や葉も食用とされる。花期は3~5月。高さ20~40㎝の花茎を伸ばし、総状に径3mmほどの白い4弁花をつける。近年は認知症の予防など、さまざまな効果が注目されている。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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