こんにちは。俳人の森乃おとです。
大寒の候、二十四つの節気もひとめぐりし、一年で最も寒さの極まる季節となりました。
この季節を代表する植物の一つにヒイラギがあります。漢字で書くと、「木」へんに「冬」で「柊」。冬の訪れとともに白い小花を咲かせ、寒い時期にトゲのある常緑の葉を茂らせるヒイラギは、古くから邪気を払う縁起木として大切にされてきました。
セイヨウヒイラギとの見分け方
ヒイラギはモクセイ科モクセイ属の常緑小高木で、日本各地と台湾の暖かい山地に自生します。樹高はせいぜい4~8m程度。葉は長さ3~7㎝、幅2~4㎝ほどで、すべすべして硬く、縁はノコギリのような鋭い鋸歯(きょし)になっています。
そのため、和名の由来は、葉の縁の刺に触ると「ひりひり痛む」という意味を表す、古語「疼(ひひら)く・疼(ひいら)ぐ」からと考えられています。
ヒイラギの花期は10~12月。葉のわきから径5mmほどの白い小花を密生させます。雌雄異株で、花冠は4つに裂けて反り返り、同じモクセイ属のキンモクセイに似た芳香があります。実は長さ12 ~15 mmの楕円形で、翌年夏に黒っぽい暗紫色に熟します。
さて、クリスマスのシーズンになると、赤い実をつけたセイヨウヒイラギ(西洋柊)が園芸店を飾ります。常緑小高木で、葉の縁が鋸状のトゲになっている様子がヒイラギによく似ていますが、セイヨウヒイラギはモチノキ科モチノキ属。モクセイ科のヒイラギとは全く異なる植物です。
最大の違いは、冬に赤い実をつけること。ヒイラギは冬に白い花をつけ、翌夏に青黒い実をつけます。また、ヒイラギの葉は対生ですが、セイヨウヒイラギは互生です。
ヒイラギの異名は「鬼の目突き」
奈良時代の初めに編纂された『古事記』によると、古代の伝説的英雄であるヤマトタケルノミコト(日本武尊)が東国遠征に出発する際、父の景行天皇は「比比羅木(ヒヒラギ)乃(ノ)八尋矛(ヤヒロホコ)」を与えたのだそうです。
ヒイラギは成長が遅く、幹が堅いので、武具などの柄に使われていました。「尋」は長さの単位で約1.5m。「八尋矛」は誇張表現で、呪力の強さを強調したのでしょう。
ところで、ヒイラギの呪力といえば「節分」を連想する人も多いのではないでしょうか。
「節分」とは、鬼を追い払い新年を迎える、立春の前日の年中行事です。冬から春へと移り変わる大事な分かれ目に、鬼を払う豆を撒き、ヒイラギの枝を軒や門口に飾ることで、一年の平安と無病息災を祈るのです。
ヒイラギの役目は、葉のトゲで鬼の目を刺し、鬼が侵入してくるのを防ぐこと。1603~1604年、イエズス会士によって長崎で発行された日本語・ポルトガル語辞典の『日葡辞書(にっぽじしょ)』は、ヒイラギの異名として「鬼の目突き」を紹介し、「節分の夜に鬼を追い払うまじないとして、家の門口に枝を差しておくことから」と説明しています。
「柊鰯(ひいらぎいわし)」は近世から
平安時代には、邪気払いのヒイラギの枝は、「なよし」と呼ばれるボラの幼魚の頭と一緒に用いられていました。紀貫之(きの・つらゆき)の『土佐日記』には、土佐の大湊で迎えた935年の元旦の条に、「今日は都のことばかり思いやられる。家の門の注連縄(しめなわ)にさしたボラのお頭(かしら)やヒイラギはどんな具合だろうか」と語り合い、都の風習を懐かしむ人々の様子が描かれています。
近世に入るとボラの頭は、焼いた鰯(いわし)の頭に代わり、「柊鰯(ひいらぎいわし)」と呼ばれ、「鰯の頭も信心から」という諺も生まれます。鰯の頭をヒイラギの枝に刺す理由は、臭い匂いで鬼を寄せ付けないためとも、よい匂いで鬼を引き寄せ、隙をうかがって目を突くためともいわれます。
ヒイラギの花言葉は「あなたを守る」「保護」。これは邪気を払う力への期待に由来します。また、「先見の明」という花言葉もあります。
ヒイラギは、若い木と老樹とでは葉の形が大きく変化します。若い木の葉は鋭いトゲを持ちますが、老樹になるとトゲがなくなり、穏やかな円みを帯びることによります。
子どもの頃、ヒイラギの硬い葉を1枚ちぎり、中ほどの左右のトゲを親指と中指で優しくつまみ、息を吹きかけて遊んだものです。葉は2つのトゲを結ぶ線を軸として、小さな風車のように回りだします。
鳥海昭子氏の短歌は、その記憶をなつかしくよみがえらせてくれます。少年が一人、静かにヒイラギの葉に息を吹きかけ続ける姿は、無心であるからこそ尊いのかもしれません。
「冬来りなば春遠からじ」――。ヒイラギの葉が回るにつれて厳しい冬が去り、邪気は払われ、新しい一年がまた巡ってくることに、祈りを捧げたいと思います。
ヒイラギ(柊)
学名 Osmanthus heterophyllus
英名 holly osmanthus
モクセイ科モクセイ属の常緑小高木。日本、台湾の暖かい山地に自生し、樹高4~8m。
花期は10~12月。雌雄異株で花径5mmほど。葉は鋭い鋸歯を持ち、邪気を払うと信じられる。
森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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