こんにちは。俳人の森乃おとです。
梅雨の時期をはさむ5月から7月にかけて、本州や北海道の山では、サンカヨウ(山荷葉)が可憐な白い花を咲かせます。この花は雨に濡れると色を失い、ガラス細工のように透明に輝きます。その幻想的な光景と出合うことは幸運といえるでしょう。

名前の由来は2枚の大きな円い葉から
サンカヨウはメギ科サンカヨウ属の多年草です。同属には、日本・サハリンに自生する固有種のほか、中国、北米に各1種の計3種があります。
雪解けとともに地下茎からぐんぐん芽を伸ばします。時には1日5㎝を超えることも。最終的に草丈30~60㎝に生長します。
1株1茎で、根出葉はなく、葉は茎に互生する大小2枚の円い葉だけ。下の大きい葉は長さ10~30㎝、長い柄が葉裏の中心を盾のように支えます。

小さい方の葉は茎の先端部を円く抱き、茎はそこで3~10個の集散花序をつくります。花径は2㎝と小さく、白い6弁花で雌しべは緑色。それを6本の雄しべの黄色い葯(やく)が取り巻いています。
ハスの葉になぞらえて「荷葉」という名前を付けられたのですが、縁が大きな鋸歯(きょし)で囲まれているため、むしろフキ(蕗)の葉に似ています。
果実は長さ1.5㎝ほどの青紫色に熟し、甘酸っぱい味がしておいしく食べられます。

さて、サンカヨウの学名は Diphylleia grayi(ディフレイア・グレイ)。属名の「Diphylleia」は、ギリシャ語の「dis(2つ)」と「phyllon(葉)」の合成語で、「2つの葉」という意味です。種小名の「grayi」は米国の著名な分類学者「A. Gray(エイサ・グレイ)」の名前に由来します。
英語名は葉のイメージそのままに「Umbrella leaf」(傘の葉)です。
雨に濡れると透明になる仕組み
サンカヨウは花びらが透けると、透明な骨格(スケルトン)のように見えるので、「スケルトンフラワー」という愛称も持ちます。

雨に濡れると透明になる仕組みは、はっきりとはわかっていません。もともと白い花は、他の色の花と違って色素を持つわけではなく、細胞内の隙間で光が外に乱反射するため、白く見えると考えられていました。雨水がゆっくり細胞内に浸み込むと、隙間が満たされるため、光を吸収してしまい、乱反射が起きなくなるのではと推測されています。
しかし、すべての白い花がスケルトンフラワーになるわけではありません。ツマトリソウ(サクラソウ科)などでも、スケルトンフラワー化の例が報告されていますが、むしろ少数派。花の構造や花弁の厚さなど、さまざまな要因が関係しているのかもしれません。

ところでサンカヨウは、それぞれの群生地の開花は3日~1週間と非常に短いため、時間をかけて雨水を含んで透明化する前に、ほとんどが散ってしまいます。ガラス細工のように輝く花と出合うことはまれであり、多くの人にとって「まだ見ぬ憧れ」にとどまっているのはそのためです。
本草学の本に正確な姿がようやく紹介されたのが江戸時代末期。まだ俳句の季語にもなっていません。

文学の世界でサンカヨウの名前が現れるのは、直木賞作家・窪美澄さんの短編小説『かそけきサンカヨウ』(2014年刊行)。2021年に映画化もされました。窪さんはデビュー作の『ふがいない僕は空を見た』をはじめ、現代を生きる人々の愛や痛み、喜びをつづり、本作でも、少女の心の動きに寄り添った繊細な描写が魅力的です。
「これがサンカヨウ……」は、ヒロインが幼い頃に家を出てしまった母の言葉。

さて、サンカヨウの花言葉は「清楚な人」「幸せ」「親愛の情」です。開花期間が短く、条件が整ったときにだけ透明になるサンカヨウの儚い美しさは、生きることの切なさにふとこぼれる涙のよう。たとえ一瞬でもあってもその輝きは忘れがたく、私たちの胸の中で、永遠に輝きを放ち続けます。
サンカヨウ(山荷葉)
学名 Diphylleia grayi
英名 Umbrella leaf
メギ科サンカヨウ属の多年草。日本・サハリンの固有種。本州の中部以北と、鳥取県の大山(だいせん)など日本海側、北海道に分布。草丈30~60㎝。大小の2枚の円葉がフキを思わせる。花は径約2㎝。清楚な白い6弁花。果実は青紫色に熟し食べられる。

森乃おと
俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)
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