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ニッコウキスゲ

旬のもの 2024.07.13

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こんにちは。俳人の森乃おとです。

7月から8月にかけて、日光や尾瀬沼、上高地など本州の中部地方以北の高地にある草原を、ユリによく似た鮮やかな山吹色の花の群落が覆い尽くします。「高原にさわやかな夏を呼ぶ花」として知られるニッコウキスゲ(日光黄菅)の花です

またの名をゼンテイカ(禅庭花)

ニッコウキスゲはワスレグサ科ワスレグサ属の多年草。かつてはユリ科に分類されていましたが、現在ではワスレグサ科ワスレグサ属に編入されています。

春に雪解けを迎えると、長い葉を左右2列に扇形に広げた若芽を出します。葉は長さ60~70㎝にまで伸び、幅は3㎝。そして高さ60~80㎝に花茎を伸ばし、先端に5~6個のつぼみをつけ、次々に黄橙色の花を咲かせます。

開花期は5~8月。花は径5~7㎝。6枚の花被の下部がラッパ状に合着しています。花被のうち外側の3枚は萼(がく)が変形したもので、内側の3枚が本来の花弁です。こうした花の構造はユリ科の花と同じです。
花の形はノカンゾウ(野萱草)に似ていますが、ニッコウキスゲの花弁にはノカンゾウに見られるようなスジ模様がありません。

ニッコウキスゲの名は、栃木県の日光周辺でよく見られ、細長い葉の形が蓑(みの)や笠の材料に用いるカヤツリグサ科のカサスゲ(笠菅)に似ていて、黄色い花をつけることから。
またゼンテイカ(禅庭花)という別名もあり、この花が大群落をつくる日光・戦場ヶ原を中禅寺の庭に見立てたともいわれます。

日光だけではなく、北海道から近畿北部(滋賀県伊吹山まで)までの広い範囲に分布し、各地に花の名所があるため、たとえば宮城県ではセンダイカンゾウ(仙台萱草)、北海道ではエゾゼンテイカ(蝦夷禅庭花)などの名も。

日光黄菅と その名覚えて また霧へ――加藤楸邨(かとう しゅうそん/1905-1993)

いずれにせよ、黄色の花を咲かせて群生する姿はとても華やかで、「夏美人」との花言葉がよく似合います。
加藤楸邨の句は、高地の湿原にて立ち込める霧の中、多くの異名を持つ「夏美人」とのつかの間の出合いを詠みます。再び霧に包まれて姿が消えてしまっても、その名だけをしかと胸に刻んだ――。なんと風雅な味わいがあるのでしょう。
ちなみに、現在ではニッコウキスゲという呼称が定着しているようです。

ニッコウキスゲの花は、朝開き、夕には萎んでしまう「一日花」です。そのため英名はデイ・リリー(Day lily)ですが、次々に開花するため群落全体の花期としては長期となります。
学名はHemerocallis esculenta(ヘマロカリス・エスクレンタ)。「Hemerocallis」はギリシャ語の「hemera(ヘメラ=1日)」と「kalos(カロス=美しい)」の合成語。ニッコウキスゲが1日だけ美しい花を咲かせることに由来しています。

また、「esculenta」は「食用になる」という意味です。ニッコウキスゲの新芽や開花前のつぼみは山菜として食用になり、クセがないため生でもいけますが、さらに天ぷらや炒め物、和え物などにしても、おいしく食べられます。

山原の ニッコウキスゲ 空に映え 日々あたらしく 夏深めゆく――鳥海昭子(とりのうみ・あきこ/1929―2005)

ニッコウキスゲの花言葉は、まず先にあげた「夏美人」。そして「日々を新たに」「心安らぐ人」です。
毎日次々に咲き代わる一日花であることから、「日々を新たに」。夏の高原で美しい花を咲かせる姿が、訪れた人間に癒しを与えることから生まれた花言葉と言われています。
歌人・鳥海昭子の歌は、ニッコウキスゲが日々新しい花を咲かせながら、美しい夏の青さを深めてゆくという感覚を鮮烈に詠んでいます。

夏山を覆いつくすように、透き通った空気の中で咲くニッコウキスゲは、私たちの心の澱(おり)も浄化してくれるような美しさです。

この季節、ニッコウキスゲとの出合いを楽しみにして、山を目指したいと思います。
ただ、ニッコウキスゲの群落は東京都内でも見られます。府中市には、標高80mの浅間山(せんげやま)という丘があり、「ムサシノキスゲ(武蔵野黄菅)」と呼ばれる、温暖な低地に適応したニッコウキスゲの変種が咲いています。

ニッコウキスゲ(日光黄菅)

学名:Hemerocallis esculenta
英名:Day lily
ワスレグサ科ワスレグサ属の多年草。本州中部地方以北と東北地方の高地に自生。長い葉を両側に伸ばし、高さ80㎝の花茎の先端に黄橙色の複数の花を順番につける。花期は5~8月。花被は6枚。花径は5~7㎝のラッパ型。朝開いて夕に萎む一日花。別名にゼンテイカ(禅庭花)など。

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森乃おと

俳人
広島県福山市出身。野にある草花や歳時記をこよなく愛好する。好きな季節は、緑が育まれる青い梅雨。そして豊かに結実する秋。著書に『草の辞典』『七十二候のゆうるり歳時記手帖』。『絶滅生物図誌』では文章を担当。2020年3月に『たんぽぽの秘密』を刊行。(すべて雷鳥社刊)

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